華家



好きな色が似合う色


 茅ヶ崎至は、今、正直とても困っていた。
「うーん……」
 左手のものをじっと見る。右手のものをっじっと見る。なんなら正面に並べられたものもじっと見る。
「う――――ん……」
 決められなくて、結局どちらの手に取ったものも元の場所に戻した。

 さて何をそんなにうんうんうなっているかというと。
(どれにしたらいいんだ……)
 仕事帰りの紳士服売り場で、どのネクタイにしようか、すごく、ものすごく、悩んでいるのだ。

(この色いっっぱい持ってそうだしなあ……無難に、と思ったけど)
 しかも、自分のものではない。恋人である卯木千景に贈りたいのだが、どの系統の色にしたらいいのか、もう最初の段階から躓いていた。本人に聞こうにも、今は別の店で買い物をしている。
 となれば、想像でどれが似合うか考えなくてはいけないわけで。
 えんじメインのも似合うだろうし、ブラウンでも格好いいだろうし、紺色も、緑色も、グレーも絶対に彼を引き立ててくれる。いっそ腹が立つくらいに、千景はなんでも似合ってしまうのが、悩みの種だった。

「どうしようかなホントに」
 別に、近々彼の誕生日があるわけでも、付き合いだした記念日だとかがあるわけでもない。仕事が上手くいったというお祝いでもない。何しろいつでも上手くいかせてしまうのだから、ひとつひとつお祝いなんてしていたら、キリがない。
 ただ、ちょっと、恋人らしいことがしたいだけ。
 というのも、今日職場で聞いてしまったのだ。

『卯木さん今日も格好いいね~』
『ね~、彼女いるのかなぁ』
『噂ひとつ聞かないよね、いないわけないと思うのにさぁ~』
『でもほら、高嶺の花すぎてみんなアタックできないのかもよ!』
『あっ、それ分かる! ワンチャンある?』

 そんなふうにきゃいきゃいとはしゃぐ、千景狙いの女性社員たちの会話を。
 気持ちは分からないでもない。千景はどこからどう見てもハイスペックイケメンエリート。彼氏にしたいのも結婚相手に選びたいのも、過ぎるほどによく分かる。
 だけど。
(うっさい、ワンチャンもネコチャンもあるか。俺のだっての)
 千景は自分のものだ。そう主張してしまいたい。彼を恋人にできた優越感よりも、子供っぽい独占欲の方が勝ってしまって、さらに改めて千景狙いが多いのだと気がついた。うかうかしていたら横からかっさらわれてしまいそうで、何かしなければと思った次第。

 プレゼントをしただけでつなぎ止められる相手ではないと分かっているが、それでも、何かしたい。自分が選んだネクタイを嬉しそうに着けてくれる千景を想像なんてしてしまったら、何が何でも彼に似合うものを贈りたいのに。
 レジメンタルはたくさん持っているだろうか。小紋にしようか、それとも爽やかなドットにしようか。

 店内を見回すと、ふと目に止まったものがある。至はそちらへと足を向け、手に取ってみた。

「綺麗……」

 イングリッシュツイルのソリッドタイ。無地でありながらも存在感を放つそれは、至の視界を良い意味で支配した。
(先輩、こういう無地持ってるかな……でも、いいや持ってても。これ、似合いそう)
 これを着用している千景を想像して、自然と口許が緩む。どの色にしようかとまた悩み始めたところへ、声がかかった。
「茅ヶ崎なら、こっちのドット似合うと思うけど」
「いや俺じゃなくてせんぱ……」
 ひょいと背後から口を突っ込んできたのは、まさにネクタイを贈りたい相手、卯木千景だ。別の店で買い物をしていたはずなのだが、もう終わってしまったらしい。
 先輩に、と言いかけて、至は口を噤んだ。
「あれ、もしかして、俺に?」
 う、と言葉に詰まる。サプライズをしたい気持ちもあったのに。まあそもそも、千景相手に何か隠し事をできるとは思えないから、それほど気にはしていないが、照れくさい。
「や、あの……なんていうか、何か身につけるもの、プレゼント、して、みたいな、とかって……思って、ですね」
「可愛いことしてくれるね、茅ヶ崎」
 ぽんぽん、と頭を撫でられて、いっそう気恥ずかしさが増す。恋人と呼べる相手ができたのはこれが初めてで、どうしたらいいのか分からない。
「あの、こういうの、嫌ですか?」
「なんで? 嬉しいよ。しかも悩んでたんだろ? 俺に似合う色、デザイン、素材……その瞬間、茅ヶ崎の頭の中には俺しかいないって思うと、なんだかくすぐったいな」
 千景が嬉しそうに笑う横顔を、至は安堵して眺める。子供っぽい独占欲を抱いてしまったことは、言うべきか、否か。

「これ、色で悩んでた?」
 千景が、棚に並ぶ商品を手に取って至を振り向く。やっぱり本人を前にしても、どの色も似合いそうだと思うから困ったものだ。
「はい……正直、どれも似合うので悩むんですよね。腹立つ」
「じゃあ、色は俺が指定してもいい? 俺も茅ヶ崎に贈るから、好きなの選んで」
「え? ……いいんですか?」
「俺にも恋人らしいことさせろ」
 恋人、という言葉が千景の口から飛び出して、至はボッと頬を赤らめた。自分たちの関係は理解しているけれど、当人の口から言われると、途端に恥ずかしくて幸福な気分になるのはどうしてだろう。

「俺、この色がいいんだよね」
「ベージュ? 珍しいチョイス。このアクアブルーかと思ってました」
「そっちも好きだけど、これがいい。茅ヶ崎の髪の色」
「はっ?」
 千景は、数ある色の中から、そう言って手に取る。ご機嫌な様子で、鼻歌さえ歌いそうな雰囲気に、至は頬どころか耳まで真っ赤に染めた。こんなにあからさまに想われていたのかと思うと、踊り出したいくらい幸福だ。
「じゃ、じゃあ……俺、こっちで」
 グリーンティーに似た色がある。小さなドットをあしらってあるそれは、爽やかな印象を与えるだろう。もちろん、千景の髪の色を思って選んだものだ。
 同じ無地デザインでも良かったが、そこまでおそろいではバレてしまうかもしれない。
「へえ、いいね。普段してない色って、誰かの贈り物って思われやすいし。これでちょっとは、茅ヶ崎狙いの子に牽制できるかな」
「いやそれこっちの台詞です……」
 どうもお互い同じことを考えていたようで、肩から力が抜けていく。
 週明けは、このネクタイを着けていこう。



2018/07/27
お題箱より「似合う色」
  
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