華家



そんな日常


 それは変わらない日常だった。ここはMANKAI寮の103号室、茅ヶ崎至と卯木千景の部屋。至の持ち込んだ黒いソファの上で、彼はいつものようにいつもと同じ格好で、携帯端末のゲームにいそしんでいる。いつも同じ格好で疲れないかと訊いたこともあるが、このソファの沈み具合が、とても心地いいのだとか。

「っしゃあ、クリア! 死ね雑魚が」

 楽しそうな顔をして、凶悪な言葉を吐く茅ヶ崎至だが、あくまでゲームの話である。千景はそんな至をちらりと見やり、ふっと口許を緩めた。
 至の座るソファ、座椅子部分を背もたれにして、千景は千景でネットサーフィンを楽しんでいる。好きなスパイス店のインスタ巡り、海外のニュース、仕事で話題に上りそうな情報の検索。
 カタタ、と千景がPCのキィを叩く音、至の携帯端末から流れ出てくるゲームの音。部屋の外で聞こえる、他の団員たちの談笑やケンカの声。
 それが、千景がこの寮で過ごすようになってからの日常だ。
 以前までなら煩わしいと思っただろう雑音が、ノイズではなくなっている。
 幸福というのは、わりとすぐ近くに転がっているのだと、日々思う。

「せーんぱい」
「ん、なに」
「ちょっとこっち。ん」

 ソファの上から至の声が降ってくる。振り向かないで返事をすれば、おねだりの甘ったるい声に振り向かされた。
 口の端に、触れる唇。
 ちょん。
 至の唇はそれだけで満足して離れていく。わざわざ腰を折ってまで千景の方へ体を寄せたのに、だ。
 至はまた体を起こして端末の画面に夢中。
 千景はそれを不快に思うでもなく、至を眺めた。

「ご機嫌だな、茅ヶ崎」
「さっきのステージ、最速クリアしたんで」
「なるほど」

 触れるだけのキスは、自分たちの間で特に珍しいものでもない。
 もちろん互いの気持ちを確認しあった上での恋人同士だということもあって、軽いスキンシップは歓迎だ。気分が乗った夜には、とても濃密なキスもするし、過ぎるほど熱いスキンシップだってある。
 相手の熱を感じられる行為はとても好きだけれど、相手の存在を傍に望むだけの行為も、とてもとても大好きだった。

 千景はちらりと時計を見やり、時刻を確認する。もうすぐ日付が変わる頃だ。寮内の喧噪もいつの間にかなりを潜めていて、学生組が大人しくベッドに入ったのだなと分かる、そんな頃。
 ネットサーフィンを一時中断し、座ったまま伸びをする。至は相変わらず同じ格好でゲームを楽しんでいて、思わず笑ってしまった。
「同じ格好」
「うるさいですよ」
「そういえば、今さらだけど、今日は配信とかしないで良かったのか? 金曜日の夜はいつもやってただろ」
「んー、ちょっと。配信やってる場合じゃなくなって」
「……とても忙しそうには見えないけど」
「心が忙しいんですー。あ、先輩、コーラ所望です」
「あのな」
 心が忙しいとはどういう意味だ、と千景は呆れながらも、自分も座りっぱなしではいけないし、少し動かなければと理由をつけて、腰を上げた。
 そうしてキッチンへ向かい、至の所望したコーラを取り出した。少し喉が渇いたなと、千景自身もミネラルウォーターのボトルを取り出し、冷蔵庫を閉める。
 寮の周りを一周して、散歩にもならない時間を楽しんで、部屋へと戻った。至は相変わらずで、肩を竦める。

「茅ヶ崎、ほら」
「あ、アリガトウゴザイマス」
「ん」
 一応ゲームの邪魔をしないようにして、横から差し出す。それと同時に彼の隣に腰をかけ、頬へと口づけた。
 ちょん、と。
「あ、そのコーラ、さっきめちゃくちゃ振ったから気をつけて。俺にかけるなよ」
「ちょ、ヒドスwwww」
 頬へのキスを不思議にも思わず、至は振り向いてくれる。今度は唇へキスをして、ちゅっと音を立てて吸った。
 ゲームは特に大事なところではないのか、至が身を寄せてくる。ここぞとばかりに肩に腕を回して抱き寄せ、何度も唇を触れ合わせた。
 口角にマーキングするように触れ、つんと盛り上がった部分を食む。そうすれば至からも似たようなお返しのキスをもらい、触れるだけとはいえずいぶんと長いキスになった。
 舌先でぺろりと舐めるけれど、その先に入り込もうとはしない。触れているだけでいいのだと、自分を戒めるようにも、触れて舐めて離れて触れてを繰り返した。
 右から左へ、左から右へ。上唇を、下唇を。

「んん……ね、先輩もご機嫌ですね?」
「さっきの茅ヶ崎が可愛かったから」
「ベタ惚れおつ」
「お互い様だろ」
 それな、と鼻先同士が触れ合って、眼鏡越しに視線が重なって、唇がぶつかって、ちゅ……と音を立てて互いを確かめあった。
 機嫌が良いとき、嬉しいとき、触れたがる気持ちがある。そうでないときでも、触れていたい。体を?げなくても、唇だけで伝わるものがある。

「は~、ほんと顔がいい……」
「萎えること言うんじゃない」
「なんでですか、褒めてんのに」
「顔だけみたいに」
「ちょっと、拗ねないで。こんな距離で先輩の顔見られるの俺だけだって実感してるだけなんですけど」
 そういって、至は千景に体重をかけてくる。支えることを諦めて、千景は至ごとソファに体を倒した。満足そうに千景の胸に乗り上げて、至は頬へキスを落としてくれる。
「…………まあ、確かにお前だけだな」
 うまく丸め込まれた気がするけれど、と千景は眼鏡を押し上げるけれど、やっぱり悪い気はしない。
「あ、顔! やば、日付変わってる!」
 そうしてほんの少し、寝転んだままの抱擁を楽しんでいれば、至が唐突に体を起こした。〝顔〟というキーワードで、何かを思い出したらしいのだ。

「茅ヶ崎?」
「先輩ちょっと黙って、今精神統一してるんで」
 彼はそういって、放っておいた携帯端末を再度手に取る。千景はそれで悟った。日付が変わった瞬間に、何か新しいミッションかスカウトが始まるのだろう。それがなぜ〝顔〟という言葉で思い出されたのかが分からないが、ひとりだけソファに寝転んでいるのが寂しくて、ゆっくりと起き上がった。

「来い、来い、頼むから……!」
「そんなに大事なものなの? スカウトかな」
「うるさいノーロマン、黙っててって言ったでしょ」
「ひどい言われようだな」
 至は真剣な顔で端末を覗き込んでいる。彼の廃人レベルのゲーム好きは今に始まったことじゃないし、と呆れ気味に息を吐いたら。

「っしゃあキタコレ! 先輩愛してる!」

 ガッツポーズとともに、可愛らしい言葉が吐かれる。こちらを向いて言われたらの話だが。どうも欲しかったカードは無事に引けたらしいが、夢中になられるのは寂しい。
「ちがさ」
「は~良かった開花できて。先輩ホント顔がいい……」
 茅ヶ崎、と呼ぼうとした声は、うっとりとした彼の声で遮られる。千景は不思議に思って首を傾げ、ひょいと至の隣から端末画面を覗き込んだ。

「……………………俺のRカード?」
「あ、そーです。今日からスカウトだったでしょ。絶対に逃したくなくて」
 それは、千景が船員の制服を着て笑っているもの。先日撮りがあったなと、今さら思い出す。
「ずっと眺めてられるわ~」
「馬鹿か……」
「馬鹿じゃないですー」
「ベタ惚れおつ」
「お互いさまでしょ。先輩だって俺のスカウトカード、ちゃんと集めてるの知ってるんですからね」
「うるさい」
 反論ができずに、ごまかすように口の端にキスをする。
 ちょん。
 そうしたら、また触れるだけの長いキスが始まってしまって、ソファの上で二人で苦笑した。
 ちょん、ちゅ、ちゅ。

 そんな、103号室の日常。



2018/08/04
お題箱より「バードキスでちゅっちゅする千至」 あと、千景さんR祈願→開花できましたw
  
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