華家



手に入れた、俺だけの


 シャラ……と細いチェーンが音を立てる。
 片方はベッドの手すりに?がり、もう片方は、至の足を飾っていた。

「本気だったんですか?」
「うん? 当然だろう」
 その細いチェーンを愛おしむように撫でる男がいる。卯木千景だ。そう言った唇は至の頬を滑り、唇に触れてくる。至は拒むことなくその唇を受け入れて、目蓋を閉じた。

 茅ヶ崎を閉じ込めたい。

 そう言われたのは、出勤途中の車の中だった。運転席には「今日は俺が運転していこう」と言った千景がいて、仮にも〝先輩〟の運転で出勤するのは良くないのでは、と思いつつも、彼の運転する仕種が好きだった至は、助手席から眺めていた。
 会社へ向かう道と違うと気がついた信号待ちの時。
 ぐいと引き寄せられて、唇のすぐ傍で囁かれ、真意を確かめる暇もなく塞がれた。

 情熱的なキスと、信号で停まるたびに触れてくるセクシャルな手に散々高められた体は、このアジトに足を踏み入れてすぐに暴かれてしまい、今に至る。
 優しい手つきでお風呂に入れてもらい、ドライヤーで髪を乾かしてもらい、まっさらな衣服に身を包んでもらったけれど、足首に余計なものをつけられた。

「……理由を訊いても?」
「愚問だと思うけど」
「分からないんですってば」
「茅ヶ崎に誰かの手が触れるのが、ものすごくいやだ」
 千景の手はチェーンを留める枷を撫で、そのまま脛を撫で上げ膝を包み込み、太腿を滑る。ベッドの上でそんなことをされれば、先ほどまでの熱が簡単によみがえってきそうだ。至はひとつ目を瞬いて、千景の瞳を覗き込んだ。レンズ越しとはいえ、そこに?は感じられない。
 他人に触らせたくない、とうのは真実のようだ。

「やきもち?」
「そうなるかな。昨日のこと、ちゃんと覚えてるんだろ」
「……ああ、それ、ですか」
 千景がそんなことを言い出した理由に、ふと思い当たる。
 少し大きめのプロジェクトに参加することになった同期の社員に、休憩室で出くわしたから、お祝いと発破をかけただけだった。少し距離感がおかしい同期ではあったが、浮かれているのだろうと思ったのだ。肩を抱かれ、今日飲みに行かない? と誘われた時でさえ。
 劇団の稽古があったし、そう親しいわけでもなかったから断ったが、千景はその場面を見ていたらしい。

 仕事帰りに、開いていた紳士服店でスーツを新調させられた。金は俺がもつからと言われて、至は適当に選んだのだ。そのまま連れ込まれたホテルで、ほとんど脱がないままの行為を、一応、楽しんだ。

 他の男に触らせるな。

 最中に耳元で囁かれた言葉を思い起こす。
 あれは千景の本心だったのだと、繋がれた今、理解した。
「あれは別に、そういうんじゃなかったでしょ……」
「違うな。あの男、明らかに茅ヶ崎をいやらしい目で見てた。なんで気づかないんだ」
 断言されるも、そんな視線は理解できない。千景の方が、よっぽどいやらしい目で見てきていると思うのだが、それを言うとこのまま第2ラウンドに突入してしまうだろう。

「それで……俺を誰にも触らせたくないから、こんなことするんですか」
「そう……茅ヶ崎に触れるのは俺だけでいいよ。お前相手に誰かが欲情するなんて、あまつさえ劣情込めて触れるなんて、スーツ越しでも許せない」
「仕事どうするんですか」
 千景の意図は分かった。分かってしまってはいけないのだろうが、問題は山ほどある。今日は平日だ。普通に出勤日であり、なんならもう始業している。無断遅刻の理由をどうしようか。いや、それよりこの状況では出社できないのだから、休む理由をどうにかしなければいけない。
「大丈夫、病気療養とでもしといてやるから」
 にっこりと笑って言う千景に、もしや長期にわたり監禁されるのかと、さすがに息を飲んだ。千景の気が済むまで、と思っていたが、どうやらそんなに軽いものでもないらしい。
「引き継ぎとか何もしてないんですけど」
「フォローするよ」
「劇団のヤツらにはなんて言うんですか。稽古だって、公演だってあるのに」
「向こうには帰るよ。あの職場にいてほしくないだけだから。帰り、迎えにくる」
「え? じゃあ、先輩と一緒に出社するふりして、俺はここに閉じ込められて、仕事終わった先輩と一緒に寮へ戻るんですか。ご飯も向こう、稽古も参加する?」
「そう。だってあそこには、お前に変な目を向けるヤツなんかいないからな」

 なんてめちゃくちゃな、と至は頭を抱えたくなった。確かに職場で好意的な目を向けられているのは分かっているけれど、千景をここまで追い詰めてしまうほどだっただろうかと。

「ねえ……俺が好きなの先輩なんですよ」
「嬉しいね」
「他の誰かとか、関係ないでしょ」
「うん……でも、この衝動は止められない。茅ヶ崎を独り占めしたい。俺がいないと生きていけないようなヤツにさえしたい。茅ヶ崎、俺だけ求めてくれ。俺を欲しがって……頼むから」

 泣き出しそうな瞳だった。迷うような瞳だった。
 止めてほしい。そう願う心がある。全部受け入れてほしい。そう祈る思いがある。

「先輩、じゃあ、ひとつだけお願い聞いてもらえます?」
「なに? 必要なものがあればすぐに手配する。ああ、そうだ、ゲームの環境整えようか。向こうの部屋と同じ仕様でいいか? なんならグレードアップするけど。食事は作っていくし、不自由はさせないから」
 そんなことじゃない、と至は首を振る。
 きっと千景ならすぐにそろえてしまうのだろうし、それを苦とも思わないだろう。劇団のヤツらには気づかれたくないと言えば、どんな演技でもこなしてしまう。

 誰かに話したら、きっと誰もが千景を「壊れている」と言うだろう。大切な恋人を閉じ込めてまで、想いを遂げたいのかと。
 千景もそれは分かっているはずだ。だからこんなに細いチェーンにして、至がいつでも逃げていけるようにしている。

 それでも至は、逃げ出すことは考えていない。
 千景にそっと手を伸ばし、たったひとつの願いを音にした。


「死ぬまで俺だけだって言ってください」


 千景を止められない。止めたくない。
 自分だけを求めてほしい。自分だけを欲しがって――お願いだから。

「死ぬまでって、無理だ、それは」
 千景は至の手を取って、指を絡める。叶えてもらえないのかと表情を沈ませた至は、再度ベッドへと沈ませられた。

「死んでも絶対お前だけだから」


 歓喜でイッてしまいそうになる。
 壊れているのは、きっと――。



2018/07/30
お題箱より「ヤンデレ気味な千景×至もしくはヤンデレ気味な千景→至」
  
designed