華家



ハピネス



 千景が、ぐいと距離をつめてくる。突然かけられた力に至は眉を寄せて、声を上げた。
「せ、先輩だめ、待って」
「待たない。まだ始まったばかりなのに、もう音を上げるのか?」
 容赦のない千景の言葉に、至は言葉を飲み込みかけたが、ここで無理だと言おうものなら、あとが怖いともう知っていた。
「ちがっ……駄目、そこじゃ」
「ああ……もう少し奥?」
「あっ、も、もう少し、左、そこ」
「ここがイイの?」
 至の要望通り千景が動いてくれる。至は満足そうに頷いて、腕の力を抜く。



「ん、完璧! やっぱここに置くのがいちばんですよ、先輩」
「こら、早々に寝転ぶな。まだベッド入れただけなんだから」

 寝室に決めた部屋に、二人でベッドを置いた。今日は新居への引っ越しだ。団員が増えて、寮を出ることになった至と千景の、いわば愛の巣。
 わりと大きめの窓からは、夜景が綺麗に見えるだろう。それを見ながらピロートーク、なんてものに憧れた至が、絶対にベッドはここにこの角度! と決めていたらしい。

「冷蔵庫、届くの夜でしたっけ? あと洗濯機」
「レンジとお前のゲーム関係もな。そこいちばん時間かかりそうだから、他のもの先に片づけないと……ってこら、茅ヶ崎」
 いちばん先に入れたベッドに寝転んだまま、至は千景の腕を引いて巻き込む。ふたりの体がベッドに沈んで、見慣れない天井を見上げることになった。
「今日から、ここに帰ってくるんですね」
「そうだな。稽古があるからご飯は寮にしても、寝るのはここだ」
「千景さんとここで同居かあ~」
「同棲って言ってほしいな。ノーロマンか」
「あ、やっぱ同棲でいいんですかねこれ」
 同棲以外に何があるのかと訊いてみたい、と千景はベッドの上に体を起こす。心地の良い新しいベッドは、二人で吟味したものだ。

 家具や家電製品は一からそろえなければならず、一気にお金が飛んでいくのは予想がついた。しばらくは課金できそうにないとヘコんでいた至を連れ出して、いちばん始めに寝具コーナーに向かった。
 形、大きさ、色やスプリングも、納得のいくものを選んだ。

「俺が自分のベッド選ぼうとしたら、千景さん不思議そうな顔したんですよね」
「ベッドがふたつとか、意味が分からない」
 ひとつでいいだろうと千景は至を引き留めて、改めて至の意見も取り入れて選んだ、大事なベッド。今日からは、このベッドで二人で寝られる。ホテルのものでなく、間違いなくふたりだけのベッドでだ。
「なーんか、幸せすぎて、ほわほわする」
「馬鹿だな茅ヶ崎」
 ごろごろとベッドの上を転げ回る至を眺め、千景は呆れたため息をつく。至はぴたりと動きを止め、
「さすがに馬鹿って言われるのは傷つく」
 しょんぼりとした声で訴えてくる。千景はレンズの奥でひとつ瞬きをし、そうじゃなくてと眼鏡を外した。
 そうして寝転んだまま背を向けた至の肩を掴み、振り向かせる。そうして、唇の端にキスをした。

「序の口だって言ってるんだ」

 至は目をまん丸に見開いていたが、すぐに嬉しそうに細められる。
「そうですね。これからいっぱい、幸せお迎えしましょっか」
 両腕を広げた至に誘われて、千景は至の唇を覆った。
 ふたりだけのためのベッドの上で、ほわほわふわふわ気分のキスは、互いの充足感を満たしてくれた。



2018/11/03
お題は「ベッド」
  
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