華家



いっしょのヒミツ


 あ、と隣を歩いていた恋人が立ち止まって声を上げる。二歩ほど進んでしまったところで、至は千景を振り向いた。
「どうしたんですか?」
「あれ」
 そう言って指を指した先に、一軒のカフェ。道路に面した窓から、見知った顔が見えた。それで立ち止まったのか、と至は肩を竦めた。

「相変わらずですね、あの二人は」
「カフェ巡りが好きなんだっけ?」
「そうそう。ハハッ、邪魔しに行きましょうか」
「野暮だぞ茅ヶ崎」
「そう言いながらちゃっかり足が店に向かっている」

 二人で肩を揺らしながら、そのカフェに足を踏み入れた。初めて入る店だが、さすが彼らが選ぶカフェだけあって、雰囲気のいい店だった。まあそもそも、一緒にカフェになどあんまり来ないのだから、店の雰囲気云々を語れるレベルではないのだが。
「ばーんり」
 至は万里の背後からぽんと肩を叩き、いつものように気楽に声をかける。驚いた万里は「へっ?」と声を上げて振り向き、その向かい側に座る恋人――紬は目をぱちぱちと瞬いた。
「至くん、千景さんも」
「やあ、窓から君たちが見えたからついね」
「そうそう、邪魔をしに行こうかって、先輩が」
「おい、お前の方だろ」
 そうだっけ、なんてつい一分ほど前のことをとぼけて、ぺろりと舌を出す。

「邪魔なんて。隣、どうぞ? いいよね万里くん」
「おー」
 紬は他意もなくにっこり笑って、隣のテーブルを指す。固定されているテーブルをくっつけることはできなかったが、大の男が四人膝をつき合わせることもないだろうと、至と千景は彼らの隣のテーブルに腰を落ち着けた。
「なんていうか、余裕だよね。あ、アイスコーヒー」
「からかい甲斐もない。俺コーラね。あ、フロートにしてもらっていいですか。ありがと」
 オーダーを取りに来た店員にそう告げて、メニューを下げてもらう。相手に気遣うことなく、自分の欲しいものだけをさっと決めてしまうのが、千景と至だった。
「フロート?」
「ん、アイス乗ってるヤツ。見たことないです?」
「甘そう……」
 不審げに眼鏡を押し上げる千景を見て、至はくくっと肩を震わせた。
「すっげ。紬さんなんか十分くらい悩むんだぜ」
「そんなに?」
「えっ、だ、だって悩まない? ラテとか、マキアートもいいなとか、ソイベースに変えられるかなとか」
「俺はそんなにこだわりないなあ。喉が潤えば良い感じ」
「さすがノーロマン先輩」

 他愛のない会話を交わしながら、オーダーしたものが来るのを待つ。同じ劇団に入っているとは言っても、このメンツが仲良く一緒に何かをするというのは、以前では考えられなかったことだ。至と万里はゲーム仲間で、万里と千景は脱出ゲーム仲間。紬と至はよく劇団員の家庭教師を請け負っているようだが、四人共通のものは、ないように見えた。

 のだが。

「今日は、デートですか。ふたりとも」
「え、あ、う」
「紬さん、野暮すぎ」
「あっ、あ、そうか、ご、ごめん」
 言葉に詰まった至と、笑う万里。指摘されてボッと頬を染める紬と、ほんの少し照れくさそうに視線を逸らした千景。
「うまくいってんすね、一応。つかアンタらが外デートとは思わなかったわ」

 共通するものが、先日、できた。
 万里と紬が、千景と至が、それぞれ恋人関係にある、ということだ。

 千景への想いに悩んでいた至に、アンタだけじゃないと紬との関係を告げてくれた万里。愚痴とか聞いてねと照れくさそうに笑った紬。叶うわけがないと思っていた恋が叶って、至は千景と恋人同士になれたのだ。
 共通の、ひみつ。
 それが、四人を急速に接近させた理由だろう。
「うーん、こういうときに連れだしでもしないと、茅ヶ崎は本当に引きこもるから」
「あ、なーる」
「先輩に言われたくない……」
「至くん、今日はゲームいいの?」
 至は廃人レベルのゲーマーだ。隙あらばゲーム、ゲーム、ゲーム。隙がなくても作ってゲーム。
 そんな至が、休日に恋人と外へ出かけ、手が空いているというのに何もしていない。そんな光景は珍しくて、紬はそう口にした。正面で、「それな」と万里も同意して頷く。
 至は気まずそうに視線を泳がせて、ちらりと千景を見て、だけど助け船も出してくれないことに口を尖らせた。いや、助け船もなにも、今日ゲームをしていない理由は千景にも言っていないのだから、彼にだってどうしようもないだろうに。
「えっと……その」
「茅ヶ崎、いいよ言わなくて。俺は分かってるから」
「へ?」
 いったい何を分かられているのだろうかと顔を上げたら、思ったより近いところに千景の顔があって、飛び退きそうになった。

「今日くらい、ゲーム画面じゃなくて俺のこと見ていたいってとこかな? 何しろ初デートだしね」

「なっ……に恥ずかしいこと言ってんですか!? そんなわけないでしょう!」
 にっこり笑った千景に、すぐさま否定を返してやった。顔が真っ赤になっているのは自分でも分かって、千景を憎たらしく思う。
 図星、だったから。
 言い訳を考えているうちに、頼んだアイスコーヒーとコーラフロートが運ばれてきて、ホッと胸をなで下ろした。

「意外。千景さんてそういうこと言うタイプだったんすか」
「うーん、意外かな?」
「先輩はいっつも俺をからかう。そゆとこヤダ」
 むくれて、ストローからコーラをすする。炭酸とアイスの甘みが、舌に面白い感覚を残してくれた。
「茅ヶ崎はこういう素直じゃないところが可愛いよね」
「はあっ?」
「至さんが可愛いとか……いやいや紬さんの可愛さには負けるっしょ」
「なに言ってるの万里くん!?」
「紬助けて」
「えっ、無理だよ」
 パートナーの明け透けな感情に、至も紬も顔を真っ赤にしてふるふると首を振る。万里はもともとそういうことを隠さないタイプだったが、他人もいるところでもとは思わなかった紬は両手で顔を覆った。

「茅ヶ崎、それ一口ちょうだい」
「え、あっ」
 至の方も、千景はそういうタイプではないと思っていただけに、反応が鈍くなってしまう。千景が至のグラスをひょいと持ち上げ、ストローからコーラをすすった。それを見て至は頬の赤をもっと鮮やかに変える。
 間接キスだ、と。
 めざとい千景がそれに気づかないわけはなく、ニッと口角を上げた。
「なに照れてるんだ? こんなのよりもっとすごいことしてるのに」
 ストローの先をペロリと舐めてみせ、色を含んだ声で呟く。いくら事情を知っている相手とはいえ、人前で! と至は恥ずかしさから千景の手からグラスを分捕る。せっかく頼んだフロートが氷で美味しくなくなる前に、飲んでしまわねば。
「至さん大変そう……」
「紬も大変そうだよね」
「千景さんが言うかそれ」
「万里だって夜はあんまり我慢してないだろ?」
「いや、してっから!」
「えっ、あれでしてるの!?」
「紬、墓穴掘ってる」

 照れくささや不甲斐なさで撃沈する中、千景だけが楽しそうに笑っていた。この人のどこに惚れたんだろう、と至がちらりと視線をやると、優しい瞳で見つめ返された。
「美味しい?」
「え、あ、はい……」
「良かった。このコースは考えてなかったから、予定外だったんだけど」
 ホッとしたように自分のアイスコーヒーを口に含む千景に、至は目を瞠った。
 このコースは考えてなかった――ということは、もしかしてデートコースをちゃんと考えてくれていたのだろうかと。
 そういえば初めてのデートらしいデートなのだ。それなりにドキドキして、目一杯そわそわしていて、これ以上ないというくらいに楽しみにしていたのは、自分だけではないようで。
「先輩……」
「こういうのしたことがないから、上手くエスコートできないとは思ったんだけどね。そこらへん、万里にご教示いただこうかな?」
「や、何言ってんすかね……充分嬉しそうじゃないっすか、至さん」
「ほんと。俺も至くんがこんなに可愛いとこ、初めて見たな」
 紬にまで可愛いと言われてしまっているけれど、反論する気力さえない。千景が、自分とのことをちゃんと考えてくれていることが、本当に嬉しかった。

「あ、紬さんそろそろ行かねーと」
「えっ、もうそんな時間? ほんとだ……チケット買っておいてよかった」
「観劇? 映画?」
「映画。観たかったヤツが今日から上映なんすよ」
「そう、行ってらっしゃい」
 言って、万里と紬は伝票を持って立ち上がる。ワリカンね、と紬がすかさず言うのに、不満げな声を出す万里だが、じゃあ向こうでポップコーン買ってとほんの少し甘えられて、まんざらでもないらしい横顔を見て、うまくいってるんだと至は安堵した。
「じゃあ、そっちはごゆっくり。至さん、上手くいってよかったな」
「え、あ」
「おめでとう。千景さん、彼のこと大事にしてくださいね。……こういうときっておめでとうで良かったのかな?」
「いいんじゃね? ほら、行こ紬さん」
 そうして彼らは会計を済ませ、楽しそうに店を出ていった。
「……茅ヶ崎、それ、アイス溶けるよ」
「……溶けていいんです、フロートはそういうもんなんです」
「ふぅん?」
 幸せがいっぱいすぎて、炭酸なんて飲めやしない。泣き出しそうな喉が、もっと痛くなってしまう。

「――大事にするよ、茅ヶ崎」

 トドメを刺された。
 嬉しくて恥ずかしくて幸せで、至はテーブルに置かれた千景の手に自分の手を重ね、
「……俺も、あなたを大事にします」
 そう返すしかできなくなった――。



2018/08/16
フォロワーさんのお誕生日祝いに!
千至と万紬が絡んでる話、ということでリクエストいただきました!
  
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