華家



まぼろし


 唇の間から、濡れて熟れた舌が見える。酸素を求めてか、それともキスを求めてか。
 むさぼり、食らい尽くしたい。吸い上げて、取り込みたい。
 その舌の弾力は、さぞや心地良いことだろう。

「……っ、は、はあっ」

 ふる、と首を振る。そうしても目蓋の裏の〝彼〟は消えていってくれない。かといって目を開けても、頭の中で誘ってくるから困るのだ。
 彼を組み敷いて、シーツの上に髪を躍らせ、吐息を奪って暴くのに、頭の中の男は一切の抵抗をしてくれない。嫌だと、止めろと言ってくれればこの手も止まるだろうに、拒絶するどころか誘い込んでくる。

 ゲーム機やコントローラーを握る手が、ゆっくりとこちらに伸びてくる。伸びて、この手を取って、促してくるのだ。開いた足の間に。立ち上がりかけたそれを、もっといじめてと握らせ、時には腰を振ってこすりつけ、いやらしく乱れる。

 湿った吐息と、気持ちよさそうに喘ぐ声。
 耳を塞いでしまいたいのに、生憎両手ともに塞がっている。
 彼の吐息は、声は、どんなに扇情的で色っぽいだろうか。与える愛撫を気持ちいいと言ってくれるだろうか。もっともっととねだって、いやだ駄目だもエッセンスにしかならなくて、のけぞって呼ばれたりなんかしたら、我慢がきかなくなるだろう。
 ずくずくと、疼くような熱が集まる。しゅくしゅくと立つ水音がやけに耳につくけれど、どうしても手が止まらない。手のひらが、指先が、体液で濡れていく。腰をかけたベッドがギシリと啼いて、腹に力が入った。
「あ、っうぁ……い、い」
 視界がぼやけてくる。腰の傍でついた右手の指が、シーツにしわをつくる。頭の中の彼は、上気した頬と汗で湿った胸を惜しげもなくさらし、それでも少し照れくさそうに、指先でそこを引き開く。

 そこに入りたい、と腰が浮いた。

 どんな気分だろうか。彼の中に入るというのは。狭いそこを自身の欲で押し広げ、えぐり、奥を突く。どれだけの快感の中で、彼と繋がれるのか。
 加減なんかできないかもしれない。まだ駄目と首を振る彼の脚を抱え上げて、無理に奥へ押し進むかもしれない。
 それでも受け入れてほしい。そこに突き立てて、欲を押しつけるだけの身勝手さを、拒まないでいてほしい。
「あ、ああっ……い……い、茅ヶ崎、入れたい、中、ぐちゃぐちゃに、させて…くれ…ッ」
 自身を握りしごき上げる手の動きが、だんだんと速くなってくる。額に汗がにじみ、呼吸が浅くなってきた。
 頭の中で、彼の――茅ヶ崎至の体が揺れる。背をしならせて、気持ちよさそうに喘ぎ、吐息のように先輩と呼ぶ。
「茅ヶ崎ッ、……ちがさき……!」
 手のひらに、はじけ飛んだ欲望。白濁としたそれは千景の手を汚し、独特のにおいを放つ。
「はあっ、はあ、っはぁ、は……、は、……ハハッ……」
 妄想の中の至は、妖艶に笑ってくれている。現実ではあり得ないのに、やけにリアルに笑うのだ。
 千景はそのままベッドに体を沈め、ティッシュで体液を拭き取る。

 こんなこと、誰にも言えない。本人はもちろん、この世界の誰にもだ。
「……きたない……」
 恋情の延長の劣情で、都合のいいように抱いて犯しているなんて。

 終わった後は、ひどく体が冷えていく。募る熱情に比例して、罪悪感が降り積もる。
「ごめん、ちがさき……」


 こんなんじゃ、好きだなんてやっぱり言えない――。



2018/09/19
千景さんのひとりえっちが見たいだけだった。
  
designed