華家



何度だって


 隣を歩く人の横顔を、ちらりと見やった。雨の日は、差した傘の分だけ距離ができるから、好かねえ。
 だけどその反面、雨で洗われた空気の中のこの人も綺麗だなんて思うから、厄介なんだ。
 だけど、どうしたんだろう。さっきから、ずっと黙ったままだ。お互い口数の多い方でもねぇし、愛だの恋だの語り合える場所でもねぇ。
 そもそもそんな会話、この人との間じゃ一度もしたことねぇんだからな。

 いつも、いつだって、俺はこの人を抱くだけだ。

 無理やりしているわけじゃねえ、とは思う。呆れて、諦めて、俺の欲につきあってくれているこの人に、俺がどうしようもなく惚れちまってるってだけ。
 もちろん外で手なんかつなげねぇし、キスなんかもっとできねぇけど、俺はこの人が好きなんだ。
 ぱたた、と安いビニール傘に雨が当たって音を立てる。滑り落ちてきた雫はそのまま地面に逃げていって、小さな水たまりに波紋を生んだ。

「……左京さん」
「あァ?」
「信号、変わるぞ」

 青の点滅を繰り返す信号機。この長い横断歩道を渡りきる前に赤に変わってしまうだろうことは、すぐに予測ができるのに、その人――左京さんは足を止めなかった。もしかして気づいていないのかと、どさくさに紛れて指先を握って引き留めた。

「……ああ、悪いな……」

 静かな声は、それでも雨音にかき消されることなく俺の耳に届く。俺が左京さんの声を聞き逃すはずねえ。
 ああ、だけど本当に、どうしたんだ、この人は。これは、そうだ、あれだ、上の空ってヤツだ。
 せっかくふたりきりなんだから浮かれてほしい、なんて言えない。誰がどう見たって俺の片想いでしかなくて、今日だって一緒に寮を出てきたわけじゃない。出先で偶然見かけて、俺が勝手に追いかけてきただけなんだ。
 何かあったのか。
 劇団の中か、それとも、左京さんの仕事方面なのか。
 訊いてもいいもんかな、こういうのは。恋人でもねえ、ただ演技指導してもらって、……抱かせてもらってるってだけの、俺が。

「左京さん、あの……」
「兵頭、お前このあと時間あるか」

 思い切って訊ねてみようとしたところへ、左京さんの声。
 眼鏡のレンズ越しに見る瞳は、やけに寂しそうで、戸惑いを覚える。だけど俺が左京さんと一緒にいられる時間を減らしたいわけはなくて、こくりと頷いた。

「そうか……」
「左京さん、どうしたんすか。ぼんやりしてるし、なんか、悩んでるん、すか?」
「……いや、別に。この間お前に抱かれた時のこと、思い出してただけだ」

 赤だった信号が青に変わって、左京さんは先に歩き出す。
 俺の顔は赤くなって、左京さんを追いかけたけれど、気づいちまう。あんなのは、嘘だ。
 ごまかして、丸め込んで、隠せていると思ってやがる。

「なあ兵頭、抱くだろ?」

 左京さんが雨の中振り向いて笑う。
 ……まあごまかされてはやるけれど、ベッドん中じゃ容赦しねぇ。

「アンタがいいなら、余計なこと考えられなくなるくらい、抱かせてもらう」

 悩んでるなら、吐き出せないなら、丸め込んで隠し通したいなら、何度だって抱いてやる。
 アンタが悩む理由なんか、俺のことだけでいいじゃねえかよ。――なァ、左京さん。


 そうやって、連れ込んだのか連れ込まれたのか分からない[[rb:部屋 > ホテル]]の一室、夜通し抱いた。
 左京さんが俺の腕の中で震えて泣くのは、雨の寒さでも快感からでもないと分かっていたから――。



2017/09/18
主演SSRの左京さん(開花前)を見てカッとなった結果。
  
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