華家



次こそは


 タトンタトン。断続的で小さな揺れが、座ったシートを通して伝わってくる。
 心地いいと感じるのは、その揺れのせいだけではない。
 隣に、目蓋を落とした恋人がいるからだ。
(疲れてるのかな。連れ出しちゃってごめんね、万里くん)
 紬は横目でちらりと彼を見やる。さらさらとしたカフェラテ色の髪が、電車の揺れに伴って動く。隙間から、いつもと同じピアスが見えた。

 今日は、少しだけ離れた街に二人でお出かけ。以前から決めていたことで、急なことではない。寮を出てくる時に眠そうな顔をしていた万里を、もっと気遣ってあげれば良かったと、紬は後悔する。
 二人で出かけられるのは嬉しいけれど、万里に無理をさせてまで、そうしたいわけではない。

(俺の方が年上なんだから、ちゃんとリードしてあげなきゃ)
 そう思って心の中で拳を握るものの、お付き合いを始めてからリードできたことなんてただの一度もない。デートコースを決めるのも、カフェに入ってオーダーするのも、全部万里がリードしてくれる。タイミングを読むのが上手いのだと、改めて感じたことだ。
 そういえば初めてのキスも、その先も、万里がうまくリードしてくれたっけ、と思い起こして、頬が染まるのを自覚して俯いた。
(え、駅に着いたら、どこでもいいから休めるところ探そう。俺が万里くんを引っ張っていくんだ)
 膝の上に投げ出されたような形の手を、じっと見下ろす。この手を引っ張って、どこへ行こう。

 二人で出かける時は、〝どこ〟と具体的に決めていないことが多い。お互いカフェ巡りが好きなおかげで、散策は楽しかった。もちろん、口コミやニューオープンの店を目当てに出かけることもあるけれど、今日は特に目的もなかった。

(あ、……うわ、万里くんが……っ)
 こて、と肩に何かが当たる。万里の頭だ。どうやら睡眠は深いようで、紬の肩を枕にまだすやすや夢の中。
 肩に当たる髪がくすぐったくてしょうがないが、嬉しさの方が大きい。
(万里くん……かわいいなあ……)
 他人の傍で眠れるということは、気を許している証拠だ。他人に身を預けられるということは、信頼の証しだ。
 紬の肩で、すぅすぅと寝息を立てる万里が、かわいくて、愛しくてしょうがない。紬は起こさないように細心の注意を払って、万里の頭をそっと撫でた。そこから伝わってくる万里の体温が、とても心地良い。

 こんなふうになるなんて思っていなかった。
 万里から想いをぶつけられて戸惑っていたのも、わりと最近だったような気がするのに、実際は1年も経っている。
 短い、なんて思うほど、まだまだ万里のことを知らない。自分のことを知ってもらっていない。
 反面、もっとずっと長く一緒にいたかのように思うこともある。
 例えばコーヒーの追加オーダーを頼む時だとか、当てもなく歩くのに同じ方向へ曲がる時だとか、言葉もなくキスをする時だとか。
 カフェ巡りと演劇以外に共通の趣味などないし、考えていることも、活動時間も違うのに、万里と一緒にいるのはとても心地が良い。

(7つも離れてるのにな。万里くんが階段を上っても、俺も同じだけ上る。万里くんは全然追いつけないって言うけど、追いつけないのは俺の方だと思うんだよね)

 万里に恋をしている。
 それとは別のところで、万里に憧れている。

(いつの間にかこんなに好きになっちゃって、どうしよう)
 紬は、万里の髪を肩に感じながらそっと目を閉じる。できればこのまま、起きるまで過ごしていたいと思ったけれど。
「……えっ、あっ?」
 駅に停まった車体が揺れたせいで、万里が目を覚ましてしまった。
「俺、寝てた?」
「おはよう万里くん、少しの間だけね」
 気まずそうな万里の顔が振り向いてきて、紬は笑って答える。そうすれば、万里はがっくりと項垂れた。
「ッあ~~、ワリ、寝るつもりはなかったんすよ」
「ごめんね、疲れてるのに連れ出して」
「いや紬さんが謝ることじゃねえっしょ。は~ほんとマジで悪い、俺カッコワル……」
「? 万里くんはいつでも格好いいけど……」
 紬が首を傾げてそう言うと、万里の体は固まり、グギギと音がしそうな硬さで振り向いてくる。
「アンタさぁ……」
「えっ?」
「いや、なんでもねぇ……」
 大きなため息が聞こえる。何かまずいことを言ったのだろうかと思い起こして、気がついてボッと顔を赤らめた。いつも思っている本音というものは、恐ろしい。ついうっかり口に出てしまうなんて。
「あ、あの、ごめんねホント。駅に着いたら、どっかお店入ろう」
「いや、大丈夫っすよ。ショートでもなんか熟睡した気分。紬さんの傍ってなんか気が緩むっつーか」
「そう?」
「肩貸してくれて、サンキュ」
 トントン、と指先で肩を叩かれて、きゅうと心臓が締めつけられる。紬の中でまた好きの気持ちが大きくなった。
(かっこよくて可愛いって、どっちかにならないのかな、万里くん)
 早く慣れなければと思うのに、慣れられなくて1年過ぎた。きっとこの先も絶対に無理だと、紬はどこかで諦める。

「大学、大変?」
 また動き出した電車の座席で、腰を深くかけ直した万里に訊ねる。彼は今年から大学生だ。今までの生活や勉学方法とは違うことがたくさんあるだろう。
「ん~慣れはしたんだけどな。高校までとは違うっていうか、単位とか課題とか、必修のヤツ決めんのも面倒だった。ま、俺なんか一成がいっからそういうのは聞けてたけど、他のヤツらは先輩とかに訊くのも一苦労って感じ」
「ああ、なるほど……カズくんが一緒でよかったよね。俺も頑張らないと、ホントに置いてかれちゃうや」
 万里が演技の勉強をすると言った時は驚いた。同時に、嬉しかった。大好きな演劇に、大好きな人が真剣に取り組んでいる姿を、こんなに近くで見られるのだから。
「なーに言ってんすかね。場数踏んでんのは紬さんの方だろ」
「俺はブランクあるでしょ」
「そんなん関係ねーよ。アンタの演技、すげぇ好き。細かいとこまで見入っちまうし」
「場数だって関係ない。万里くんの演技、好きだよ。あの動きは俺にはできないもん」
 言い合って、視線を重ねる。ふたり同時に、ふっと噴き出した。
「紬さん、降りたらエチュードやろ」
「賛成、すごく楽しみ」
 もうすぐ目的の駅に着く。だけどカフェを探す前にエチュードになってしまいそうだ。
 電車が停まって、ドアが開く。
 腰を上げれば、万里がすっと手を差し出してくれた。
「行こうぜ、紬さん」
 紬が引っ張っていこうと思っていた手を取って、今日もまた引っ張られて電車を降りる。

(次こそ。今度こそ絶対、俺が引っ張っていくからね、万里くん)

 足早に改札を抜ける中、紬はそう決意を新たにするのだった。




2017/09/13
友人の誕生日プレゼント~
  
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