華家



恋人同士になりましょう


 夢かと思った。だけど夢じゃねー証拠に、俺はちゃんと紬さんの腕を掴んでいる。この感触が夢なわけはねぇ。ガクガクと膝を揺らし、自分の力で体を支えられないらしい紬さんの重みが、夢なはずない。
 けど夢じゃねーっとことはだ。
 夢じゃ、ねーって、ことは、だ。
 絶望的だと思ってた俺の恋、叶うのか?

「つ、紬さん……」
「お願い、万里くん……万里くん、もう一回、本番……っ」

 支えた紬さんの口から、震える声が聞こえる。これはどうやっても、自分に都合のいいようにしか解釈できねぇんだけど……?
 紬さんは、好きな子相手の練習台にしていいよって言った。自分から告白なんてものしたことねぇ俺に、紬さんは優しさのつもりで言ったんだろう。だけど俺には逆効果だったんだよ。マジで好きな人相手に、練習なんかできるわけねーだろってさ。
 つい、言っちまった。

 練習になんかなるわけない。全力で本番になっちまうって。

 いくら鈍いヤツだろーが、これで分からないわけはなかったんだ。言ってから、しまったと思った。もう一緒にカフェ巡りもできなくなるかなって、驚いてかへたり込む紬さんを支えたんだけどさ。
 そこで、これだ。

 もう一回本番お願いします。

 って、なんだそれ。なんだよそれ?
 本番ってことは、練習じゃねぇってことで、つまり。
 つまり紬さんは俺に「好き」って言ってほしいってことかよ。
 期待すんぞ。期待、すっだろ、これは!

 紬さん、ともう一度名を呼べば、壁を頼りに紬さんは自力で立っていようとする。紬さんなりの、心の準備ってヤツなんだろうか。
 改札手前、電車が来なければ人の行き来は少なくて、そもそも壁際で立ち止まってるの俺たちのことなんか、誰も見向きはしないだろう。壁に貼られた夏祭りの広告には花火が配置されていて、紬さんの綺麗な顔立ちをひときわ映えさせていた。

「……紬さん、好きだ」

 期待と不安とが入り交じった瞳をまっすぐに見つめる。そこには俺しか映ってなくて、らしくねーほど心臓が鳴った。

 俺の解釈は、間違ってないんだろうか。ここでもう一回本番というのは、これで間違ってなかったんだよな?
「ずっと言えなかったんすけど、その、今、俺……紬さんに、本気で、恋してる」

 動き出してしまった口は、もう止まらない。止められない。俺はマジで今までこういうの言ったことなくて、どう言ったらいいのか全然分かんねーの。遠回しの方がいいのか、ストレートな方が伝わりやすいのか。一応後者を選んでみたんだが、紬さんはちゃんと分かってくれてんのか?

「ゆ、夢じゃ……ない……?」
「え?」
「だって、だって万里くんが俺のこと、好き、とか、そんな……俺、自分に都合のいいように取ってる、の、かなって」

 紬さんの震える声が耳に届く。つまりそれは、紬さんの遠回しな告白なのか。

「紬さん、俺これでもありったけの勇気出してみたつもりなんで……夢とか、言われっと、ちょっとしんどい」
「だ、だけど! だけど……俺、俺だって万里くんのこと好きなんだよ、こんな、上手くいくなんて思ってなかった!」

 うわっ……。
 マジか。マジか、マジかよ……っ!
 上手くいくなんて思ってなかったなんて、そりゃこっちの台詞だ!

「紬さん今のもう一回、もう一回言って」
「え、えっ?」
「好きって、ホントに?」

 あ、と紬さんが小さく声を上げる。勢いだけで口にしたらしく、自覚してなかったようだ。もともと大きな目がもっと大きく見開かれて、こぼれちまうんじゃねーかなって思った。紬さんは口走った言葉を自覚してか、恥ずかしそうに俯いて、浅い呼吸を繰り返す。

「ご、ごめん、ちょっと待ってね、今、あの……ちゃんと、言う、ので」

 ちょっとでも、何分でも、何十分でも、待つよ。紬さんの口からいちばん聴きたかった言葉が聴けるなら、何時間だって待てる。
 なあ、馬鹿みたいじゃね? なんでもできて、イージーモードだった俺がよ、こんな、たったひとりの人相手に一喜一憂してんの。
 けどもう馬鹿でいーわ。全然、馬鹿でいーわ俺。

「万里くんが、好き、だよ、俺も」

 アンタの口からそれが聴けるんだったら、なんにだってなってやる。

「万里くんが大好き……」

 叶うと思ってなかった、って紬さんが俺をまっすぐ見てくれる。だからそれこっちの台詞な……。

「あ、そ、そうだ、あの、万里くん」
「あ?」
「りょ、両想いってことは、その……俺たち、恋人になれるのかな」

 なんでそこだ? 普通そうだろ、お互いに好き合ってて、恋人にならねぇ理由があんのか? 別に二股でも不倫でもねーし。

「よゆーでなれんだろ。カフェ友から、こ、恋人同士に昇格ってとこっすかね」

 紬さんが恥ずかしがるから、俺までつられちまったじゃねーかよ。どうしてくれんだ、かっこわりぃ。
 あー、でもいいや、紬さんが嬉しそうに笑ってくれた。そんだけでいい。

「ねえ万里くん、どこか美味しいコーヒー飲みに行こう。こんな幸せな気持ち、感じたことない。もっと長く幸せ感じたいんだ」
「行かねー理由はねーわ。もともとカフェ巡りにきたんだしな」

 ひとまず改札出て新規開拓しよ、と紬さんを促しかけて、俺は足を止めた。
 壁際の、デカいポスターが目に入る。
 夏祭りと書かれたそのポスター。全然興味はなかったけれど、これって誘ってみてもいいんじゃね? 恋人同士なら、結構大事なイベントだろ?

「あとね、万里くん。俺、きみといっしょにあれに行きたい」

 紬さんが壁の広告を指さす。
 先、越された。

「あー、な、夏祭り?」
「うん。レンタルでいいから浴衣着よう。万里くん絶対カッコイイでしょ」

 この人天然なんかな、なに言ったか自覚してんの? 俺の浴衣姿見たいって言ってんだぜ? しかもカッコイイって断言してんの、ちゃんと分かってる?

「ね、一緒に行ってくれる?」
「俺から誘おうと思ってたんすけどね……」
「あはは、おんなじ気持ちってことだよね。楽しみだな。じゃあひとまず、カフェへ」

 そう言って紬さんは俺の手を握って歩き出す。さっきまでガクガク震えてたアンタはどこへ行ったんだ。

 ああもう、夏祭りの前に、俺の中がお祭り騒ぎだよ。



2017/07/08
お題「夏祭り」
  
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