華家



いつかふたりで


 卯木千景には、秘密が多い。

 よろしくない組織に属しているのは、秘密。
 有休を取っているのに、団員には出張と噓をついてどこかに行くのも、秘密。
 密と浅からぬ因縁があったのも秘密のようで。
 茅ヶ崎至と恋人関係であることも、もちろん秘密?
 小さなことを挙げれば「ちかウサ」という名前でカレーのレビューブログを書いているのも秘密だ。

 本当に秘密が多いな、と至はたまにしみじみと感じていた。
 思い浮かぶ多くの秘密は、至が知っているのだから、厳密には秘密ではないような気もする。だが、おおっぴらにしていないのだから、秘密の部類に入るだろう。

(でも、たぶんもう一個持ってるスマホのナンバーだって、俺には秘密。密も知らないかもしれない。それはいいんだけどね)

 他の団員よりは彼の秘密を知っているという、子供っぽい優越感はある。
 だけど、それ以上にまだ知らない秘密の方が多いのだろうと、寂しい気持ちもあった。

(誰にでも、入り込めない領域ってものはあるし)

 今も部屋の隅のチェアで、いったい何を考えているのだか、と進まないゲーム画面の端からちらりと見やる。

(……顔がいい)
 しかし寂しい気持ちはどこへやら。
タブレット端末を撫でる彼の顔に見惚れてしまうのは、これが何度目なのかもう分からない。惚れてるんだからしょうがないのかな、と苦笑して、ソファの上に起き上がった。

「もうゲーム終わったのか?」
「おかげさまで」

 すぐに声をかけてきた千景にそう返して、ポータブルのゲーム機からスマートフォンに持ち替える。これでゲームをしようというわけではなかったが、どうにも手元が寂しい。
 どうにも寂しい気持ちがたくさんやってくるのは、秋ももう終わるからだろうか。

「そっちに行ってもいい?」
「は? も、もちろん?」
 思いも寄らないことを訊ねられ、声が上ずる。
 もしかして、ゲームが終わるのを待っていたのだろうか。そう思うと、ゲーム中のふりをしていた時間の、なんともったいなかったことか。
 千景がチェアからソファへと移動して、至の隣に腰を下ろす。

「ど、どうしたんですか?」
「ん? 秘密」

 また秘密だ、と至は目を丸くしたあとに笑う。千景はきっと秘密を楽しんでもいるのだろう。

「なに見てるんだ」
「一成のインステ。あのテーマパークの写真いっぱい上がってますよ。もちろん許可取ってるやつ。楽しそう」
「ああ……そうか、俺たちはスケジュール合わなかったからな」

 劇団の何人かが、とあるテーマパークのオープニングセレモニーに出向いている。そこでギリシャ神話をテーマにした芝居を披露してほしいという依頼だったのだが、至も千景も予定が合わなかったものだ。

「行きたかったのか? 意外だな、引きこもりが」
「引きこもりに否定はしませんけど、たまにはああいうのいいなって思いますよ。サントリーニ島、行ったことないし。非日常を感じるっていいでしょ」
「確かにあの建築物は独特だな。俺はあんまり行きたくないけど」

 ソファの上で、そうなんですかと至は千景を振り向く。あまり興味がないのかと、やっぱり寂しい気持ちになったら、

「あんなとこで〝仕事〟したら、血の痕が目立ちそうだしね」
「そっちか。ガチで非日常じゃないですか」

 思っていたのとは全然違う理由に、思わず真顔で突っ込む。確かに白い建造物では血の痕が目立つだろう。それは誰か他人の血なのか、それとも――。

「でも、茅ヶ崎と二人でならいいかな」
「え?」
「あそこ、ハネムーンの定番なんだろ?」
「は?」
「いつか行こう、茅ヶ崎」

 ちゅ、と軽く唇を吸われて、ボッと頬が染まった。
 これは、つまり。

「新婚旅行です?」
「そう、二人だけで、秘密の新婚旅行」
「…………千景さん、今もしかしてめちゃめちゃ俺に甘えてます?」
「そうだな。構ってもらえなくて拗ねてた。返事くれないのか?」
「素直な千景さん、ちょっとキモチワル……」
「旅費はお前持ちで」
「ああ噓、待って待って、……えと、あの、……はい」

 唐突な未来の約束。至はせめて千景の目をまっすぐに見つめて応えてみせる。

「困ったな、また秘密が増えたよ」
「全然困ってなさげな顔で言うのやめてくれません?」

 腹立つ、と言いながらも、至の腕は千景の首に回される。嬉しい、と素直に言えない代わりに、至は自分の方から熱烈なキスをした。



2018/11/23
お題アンケート実施「二人だけの秘密の約束」
  
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