華家



そういうコトは部屋でやれ!


 するりとシャツの中に滑り込んでくる指先を認識して、しまった、と左京は今さら思う。部屋に引き入れてしまった時点で、どこかでこうなることは予想できていて、相手だけを責めることはできやしない。

「おい……」

 それでも、大人としての建前で、一応の抗議はしてみる。

「なんすか」
「やめろっつってんだよ……」
「アンタは止めるのが遅えんだ、左京さん。キスのうちなら、まだおさまったのに」

 顎のラインを舌でなぞり、押し倒してきた相手――兵頭十座は笑う。そのまま、また口唇を塞がれて、抗議が飲み込まれていった。キスだけのうちに止めても、おさまったためしなんかねぇだろと、左京は大人しくそのキスを受ける。

「ん……ふ、んぅ……っ」

 力強い舌に捕らわれれば、全身から力が抜けていく。言葉での抗議も、体での抵抗も封じられ、いったいどうしろというのか。諦めて、この若い恋人の背を抱くことくらいしか残されていない。

「ん、ん……っ、こら、も……分かったから、落ち着け、苦しい……」
「ああ……悪い、夢中で」

 ぎゅうと強く吸われ、しびれを伴う痛みに左京は眉を寄せ、十座の腕を軽く叩く。ようやっと解放してくれて、はあ、と吐息した。
 夢中で、となんのてらいもなく発言してくる恋人が、どうにもこうにも、たまらない。
 まさか年下の、しかも男を可愛らしいなんて思う日が来ようとは。夢中になられることが嬉しいなんて、死んでも口に出せないけれど、ほだされ気味なのは多分この関係を知っている誰もが気づいているだろう。

「兵頭……」
「左京さん?」

 若い情熱が羨ましいのと同時に、くすぐったい。芝居に、自分にそそがれるすべての想いが、その視線から、吐息から、声音から、感じ取れる。
 左京は十座の髪を梳き、誘うために、口の端を上げた。

「明日スチルの撮影なんだから……無茶させんじゃねーぞ」
「……っす」

 ちゅ、とリップ音を立てて口唇を吸えば、十座も楽しそうに笑う。幼さを抜いた、雄の顔でだ。正直、それだけでも背筋を快感が走ってしまう。ごまかすために手のひらを胸に誘導してやれば、遠慮もなしに乳首をひねり上げてきた。

「あ……っ」

 びく、とのけぞれば、ふ、と笑う吐息が耳に届く。自分の浅ましさにはほとほと嫌気が差すが、ぬらりと首筋を舐め上げられて、そんな意識はどこかへ飛んでいった。

「左京さん、相変わらず敏感っすね……」
「……っせぇ」

 そういう体にしたのはてめぇだ、とは言わないでおいた。調子に乗られても困る。明日は秋組公演のフライヤーに使う写真を撮らなければならないのだ。
 まさか自分の初主演で、恋人の十座が準主演になるとは思っていなかったけれど、芝居に私情は挟めない。セックスで疲れて、フライヤーとはいえ役に入り込めませんなんて、役者としては失格だ。
 だから今日もほどほどにしておきたいのだが、お互いどこまで我慢できることやら。
 左京はため息ひとつ、着ていたシャツを自ら脱ぎ捨てた。





「オミミ~あのねフライヤーのイメージこんなんなんだけどさ~」
「へえ、ああ、なるほど。イメージは分かる。さすがに、カッコイイな」
「でしょ~、フルーチェさんとヒョードルならマジもんのオーラ出すだろうし、超ヤバたん!」

 撮影スタジオ、なんて大仰なものではないけれど、近くの小さなスタジオを借りられた。
 んなところに予算を使うなと言ってやったが、宣材に力入れないとかナメてんの? と衣装係の瑠璃川幸とやりあった結果だ。根底には「俺の衣装が映えるようにちゃんとした場所で撮って」という想いがあるのだろうが、それは確かに一理あるのだ。宣材は多少のハッタリも必要で、見栄えは重要だ。ちゃちなフライヤーで、誰が観たいと思うものか。
 左京は与えられた衣装に身を包み、帯の結びを確認する。

「……似合うな、左京さん」

 背後からかけられた声に、顔だけで振り向く。そこには準主演となる十座が佇んでいて、左京は目を細めた。

「衣装合わせん時からそればっかりだな」
「仕方ねえ、本当によく似合う」
「喜んでいいのか悲しんでいいのか、だな。本業だぞ、一応。……お前も似合いすぎて怖いが、お前はこっちの世界くんじゃねーぞ」
「俺は芝居がやれりゃあそれでいい。左京さんの初主演にこういう形で関われて、嬉しいっす」

 カツ、カツ、と靴音を鳴らして歩み寄ってくる十座。主演、というプレッシャーはまだあるものの、秋組の連中は――とりわけこの不器用な男は、左京を奮い立たせてくれる。

「役、入り込めるか」
「……っす」

 左京は十座の方に額を預け、目を閉じる。そっと抱かれた肩から十座の熱を感じ、深呼吸をしたあとに、ゆっくりと顔を上げた。

「行くぞ」

 そうして、カメラマンである臣たちが待っている撮影場所へと二人で足を向けた。
 たりぃ、と言いつつレフ版の調整をする万里や、小道具一式をそろえる太一、衣装映えの確認にと幸も参戦している。
 構図はある程度決まっているらしく、指示通りに立ち位置を変更したり視線をやったりあっちこっち。動く芝居はどうにかなるが、写真を撮られるだけというのはどうにも気後れが強い。
 ふう、と息を吐いた頃、デザイナー組と臣がそろってうーんと同じ方向に首を傾げた。その様子に、うっかり役が抜けかける。

「なんか、もうちょっとインパクトが欲しいな」
「あ、それな! 加工でどうにかなるかもだけど、色がちょっと暗いかも~」
「衣装のイメージは合ってるんだよね」

 なにやら雲行きが怪しくなってきている。イメージが違うのならば、少し休憩してから再開した方がいいのではないだろうか。とはいえ、借りているこのスタジオも時間的な制限がある。あまりのんびりもしていられない。

「ねえ左京、脱いで」
「……あァ?」

 そうして幸の一言で、一気に役が抜けてしまった。思わずドスの利いた声で幸を睨みつけるも、そんなものでひるむ相手ではなかった。

「片方だけ腕抜いてみてよ。なんかそれっぽく。本物なんだからできるでしょ」
「お~さっすがゆっきー! フルーチェさんそれで!」
「あ~……っと、……大丈夫、かな?」

 臣の視線が、左京ではなくそれを通り越して後ろの十座に向けられているのが分かる。左京はちらりと十座を見やった。まさか肌を晒させたくないなんて言いやしねえだろうなと。
 ぐ、と眉間に深くしわを寄せて、十座は視線を逸らす。案の定か、と左京は小さく息を吐き、

「坊」

 そう、役の呼称で呼んでみた。

「早いとこ終わらせやしょう」
「……分かってる、風間」

 ここで肌を晒すのは、古市左京ではなく、「風間銀二」だ。傍に仕えているのも、兵頭十座でなく「龍田謙」だ。
 左京は幸の指示通り、片方だけ腕を抜く。それで剣でも構えれば、ずっとそれっぽくなるだろう。

「……あ」

 撮影を再開しようとカメラを構えた臣から、妙な声が上がった。不思議そうに首を傾げると、

「ひゅ~フルーチェさんのお腹にキスマークはっけ~ん、ちょーヤバたん!」
「なっ……!?」

 わずかに頬を染めた一成の声が響く。左京はさらした自分の肌を眺め下ろして、そこにいくつか浮かぶ赤い痕を確認した。

「……っ」

 顔から火が噴き出そうなほどの羞恥心に襲われる。
 秋組連中の視線が自分を通り越して十座に向かっていくのを感じ取り、だがまさか自分も十座を睨みつけるわけにはいかなかった。事情を知らない一成や幸にもバレてしまう。

「あー、えーっと、あ、サラシ、サラシとか巻いたらいいんじゃないですか、左京さん」

 そんな左京に、どうにか助け船を出そうと臣が声を挙げる。撮影日をズラせばそれだけ費用もかかるし、かといって納得できないものでフライヤーを作るわけにもいかない。とっさの提案ではあったものの、

「あー、らしくていいんじゃね? ヤクザって腹切られた時威力和らげるために巻いてんだろ」

 万里もそれに乗ってくる。呆れたようなため息は、きっと十座に向けたものだろう。

「あ、じゃ、じゃあ俺っち買ってくるっす~、幸ちゃんカズくん、一緒に行きましょ~」
「えーフルーチェさんの話聞きたい~ってかインステ上げたら3000ええなくらいすぐじゃん、テンアゲ!」
「あんないかがわしいもの上げないでよね、ほら行くよ!」

 さすがに中学生には刺激が強いのか、幸の顔も真っ赤だ。だけどサラシの質確認に幸と、ひとまずの資金源として一成を連れ出してくれた太一には感謝しようと、三人の姿が見えなくなってから、左京はようやく十座を振り向いた。

「兵頭、てめぇな! 痕つけんなってあれほど言っただろうが!」
「……腹なら平気かと思って」
「んなわけあるかぁ!」

 胸ぐらを引き掴んで怒鳴りつけるも、十座は悪びれもしない。それどころか、

「俺を夢中にさせるほど可愛いアンタが悪い」

 責任を左京に押しつけてきさえする。左京は絶句して項垂れた。

 ――――前言撤回だ、どっこも可愛くねえこの野郎!

 昨夜この男を可愛らしいと思ったことを、記憶から消し去りたい。秋組連中だけならまだしも、他の組の――しかも中学生にまで情事の名残を晒したなんて。

「は~……っとに、いい加減にしろよてめーら。撮影の前夜までやんなっつーの」
「こら万里、あまり言ってやるな。まあ……公演中もこの調子だったら、殴りますけどね」

 呆れて睨みつけてくるリーダーと、公演はつつがなく終わらせるようにという狂狼の脅迫めいた視線が投げかけられる。
 全面的に非は左京と十座にあるのだ、それは受け止めなければならない。

「分かってる。すまねえな、しつけのなってないガキのせいで」

 くしゃりと髪をかき混ぜかけて、セットが崩れるなと気づき、やめておく。
 そうして、改めて十座に向き直った。

「兵頭、分かるだろ。お前が俺を抱きてぇのは仕方ないが、他のメンバーに迷惑がかかる。舞台は一人じゃできねえし、客は金払って観にくるんだ。それこそ、無様なもん演じられねぇだろ……」

 十座は、怒られてしょんぼりと眉を下げ、肩を落とす。とても昨夜、結局無茶をしてきた男とは思えない。

「すんません、左京さん、臣さん……あとで太一にも謝っておくっす」
「ああ、偉いな」
「おい俺は」

 恐らくわざと万里の名前を外したのだろう十座に、ふっと笑ってやった。

「ま、そんなわけで公演中は一切禁止だ。いいな?」
「……痕つけなきゃいいんじゃねえんすか」
「いいわけあるか。千秋楽終わったら、存分に相手してやるから。……我慢してろ」

 コツ、と額を合わせる。
 こっちだって我慢するんだからと小さく呟けば、十座はようやく納得したようだった。

「……キスも、ダメか?」
「だあからてめーはキスだけで終わったためしがねぇんだよ。自覚しろ、エロガキ」

 鼻先をくっつける。

「触れるだけだ」
「ダメだって言ってんだろ」
「アンタの目はそう言ってない」

 口唇を、ちょんとくっつける。
 やっぱりしつけが必要かなと思ったところへ、

「てめェらそういうコトは部屋でやれ!!!!」

 万里の怒号がスタジオにこだました――。



2017/09/17
左京さんがサラシを巻いたワケ。

ッは~~~~秋組第3回公演ありがとうございます!!!!!!!!正直こんなに早く十左が観られるとは思っていなかった!
十左ガチ固定勢としては走らなあかん!!と思って祈願祈願。書けば出るって言うから!
あと十左もっと増えてくださいお願いします十左はいいぞ……!
  
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