華家



視線に抱かれて


 見られている。
 わざわざ普通のホテルのツインを取った意地悪な男に。

「茅ヶ崎、手が止まってる」

 言われ、唾を飲んだ。視線が気になって止まってしまっていた手を、再度動かした。自身を握り込み、爪の先で先端をえぐる。あふれ出している体液をまとって根元へ移動し撫で上げれば、こういうホテルに不似合いな水音が響いた。
「んっ……う、あ」
「こら、足閉じるなって言っただろ。見えない」
「あ……くしゅみッ……」
 引きつった口許を、虚勢のためにわざと上げてやるけれど、彼――卯木千景は、それさえも楽しそうに眺めるだけだった。
「いい眺めだぞ、茅ヶ崎。腹のキスマークが、すごくいやらしい」
「先輩がつけたんでしょうが……っ」
 汗のにじむ肌に、赤い鬱血。昨夜、千景の唇が残したものだ。胸にも、腕にも、足の付け根にも。

 つまるところ、千景とはそうやって肌を合わせる間柄なのだが、今夜の彼は少しおかしい。一切、触れてきてくれない。部屋になだれ込んだ際にねっとりとしたキスをしただけで、それから今この瞬間まで、千景の手が触れることはなかった。

「そんなキスマークなんかつけて、他の男を誘うからだ」
 千景は至があられもない格好をしているベッドとは別のベッドに腰をかけて、不機嫌そうにそう呟く。
「だ……から、誤解だって、言っ……あ、っんぅ」
 仕事帰りに、他の部署の男に声をかけられた。次のプロジェクト一緒だね、よろしく、なんて言われれば、顔と名前が一致しなくてもにっこり笑って手を差し出すくらいはする。少し汗で湿っていた手が不快だったが、顔には出さないでいられたはずだ。
「誤解? プロジェクトの責任者でもないヤツに飲みに誘われて、じゃあ今度なんて言っていたくせに」
 確かに、相手にそう言われた。二人で飲む機会はないかなと。あるわけないだろと心の中で蹴り飛ばして、早いところ退散するために適当に返しただけだ。
「誘ってない、でしょ……! っていうか、やらしい方向にばっか考えないでくださいよ、馬鹿……っ」
「気づかなかったわけないだろ? アイツの目が、茅ヶ崎をどういうふうに見ていたか」
 ため息交じりに返されて、言葉に詰まる。その拍子に、自分のいいように指がはじいて、うっかり感じてしまう。息を飲んでのけぞった至に、千景は呆れたようだった。
「いやらしい目で見られるのが好きみたいだから、今日はそうしてあげてるんだ。感謝してほしいね」
「だ、れがッ……」

 疑わなかったわけではないい。プロジェクトの中枢というわけでもないのに、なんで自分を、しかも二人でなんて、下心があるのではと。だからこそ早く退散したかったのに、千景にはそれが不満らしい。

 別に恋人というわけでもないのにだ。

「ほら茅ヶ崎、後ろもちゃんと弄って。どうせそこに入れてほしいんだろ?」
 カア、と頬が火照るのを自覚する。恋人ではない男と、肌を合わせているのは、ひとえに至が千景を好きだからだ。体だけでも千景が欲しいと思った愚かな結果がこれであり、いやらしい目で見られるのなら千景じゃないといやだった。
「そこに、俺のを突き入れて、中……ぐちゃぐちゃにしてほしいんじゃないのか? お前はいつも俺の腰に足を回して、放そうとしないよな。淫乱なエリートっていうのは、なかなかそそるよ」
 ごまかしようもない事実を、千景の口から語られて、ぎゅっと目をつむる。恥ずかしくて仕方がない。こんな羞恥に耐えているのも、千景が欲しいからだ。彼の言う通り、その熱で中をめちゃくちゃにかき回してほしい。体のずっと奥まで突いて、壊れるくらいに犯してほしい。

「先、輩」

 至はゆっくりと息を吐き、目蓋を持ち上げる。そろそろと指先を移動させ、千景を求めていやらしくひくつくそこを撫でた。
「ね、……ローション、ここ……たらして、ください……」
 自身の体液だけでは無理だ。慣れた体とはいえ、ローションを使った方が、千景の視覚的にも楽しいのではないだろうかと、湿った吐息でおねだりしてみた。
 自分でできないこともないが、千景にしてほしい。見るだけと決めているにしても、欲情はしてくれているはず。触れなくてもいいから、もう少し近くに来てほしいのだ。
「それくらいなら、手伝ってあげるよ」
 千景が腰を上げて、こちらのベッドに膝を乗り上げてきてくれる。ハートマークのあしらわれたローションの蓋が開く。千景は、大きく開いた至の足の間に膝を割り込ませ、指先にめがけてローションを垂らした。
「ん、あっ……」
 触れられているわけでもないのに、千景が正面に座ってくれただけで、神経が研ぎ澄まされたような気がした。

 空気の密度が変わる。ジャケットだけを脱いだ千景の体熱が、じんわりと伝わってくる。香水のラストノートが鼻を通り、近くなった視線が恥部を犯す。
 ぞくぞくと鳥肌が立つようだった。至は千景が垂らしてくれたローションを纏って、自身の中を押し広げる。

「あ……あぁっ、やだ、せんぱ……」
「脚ビクビクしてる。こんなとこ、誰にも見せるな」
「んあっ……あ、ふ、せ、んぱいしかっ……こんなこと、しな、いっ……あ」
 自身の中を撫でこするやり方も、全部千景に教えられたものだ。今さら他の誰とこんなことをしろというのか。それでなくても、恋心は日々、一分一秒、育っていくのに。
「いっ……いい、先輩、先輩……ッいやだ、も、やだ」
 千景の視線が、千景のにおいが、こくりと唾を飲んだかすかな音が、至を高みへと引き上げていく。
「茅ヶ崎」
 先端に千景の手が添えられて、耳元で名を呼ばれる。予期していない接触が、至の欲をはじけさせた。
「あっ、あ、いや、ああっ……――」
 上向いて天井を仰ぎ、千景の見ているすぐ近くで、ほんの一瞬の接触で達してしまった。
 だけど千景はそれに驚く様子もなく、どこか満足げに、指先を汚した至の体液を舐め取っている。
「すごいな茅ヶ崎。お前、俺の声でイケるのか」
「好きなんだから、しょうがないでしょ……!」
 その口調が妙に悔しくて、気がつけば。
「え?」
「え? あ?」
「……好きって、なに」
「えっ、あっ、あの、声っていうか、先輩っていうか、あ、ちが、いや、違わないけど、その」
 さらに墓穴を掘っていた。
 これで終わってしまうかもしれない。千景は軽い付き合いを望んでいるかもしれなくて、こんな、恋なんて、はねのけてくるはずだ。
 そう、思っていた。

「そういうことは早く言え……!」

 思っていたのに、千景は呆れと諦めと喜びが混ざったような声で、〝俺も〟と囁いてきてくれた――。



2018/09/19
お題箱より「視姦」 セフレ設定で。
  
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