華家



ただそれだけで


 ぎ、と紬の体の下でベッドが音を立てた。やはり二人用ではないベッドじゃ無理がたたるのか。
 それでも、今やめることなどできやしない。お互いにだ。
 紬は短く息を吐く。体の中から恋人の――万里の熱が引き抜かれていって、物寂しい気分になったけれど、またすぐに押し込まれてくる。

「あ、……っ」

 吐息のように声を上げたら、それを楽しがってか、万里は浅く緩く腰を揺らしてきた。シーツを握る指先に力が込められて、皺がまた増える。

「や、ねえ……万里くん、やだ、そこ、ばっかり、しないで……っ」
「ははっ、わーり、紬さんの声可愛いんだもんよ」
「あ……ぁッ」

 物足りない、とばかりに小さく首を振れば、お詫び、とばかりに万里が伸び上がって頬にキスをくれる。必然的に繋がりは深くなって、背筋が震えた。
 万里の手が、シーツを握りしめていた紬の手をほどかせて、自身の指を絡め繋ぎとめる。

「……いい?」
「ん、……うん」

 万里はいつも、上り詰める前に確認をしてくる。言われないでも分かっていたことだが、紬はあえて声で伝えてきた万里に、きちんと声で返すのだ。上り詰めるとき、いつでもこうして手を繋いでくる年下の恋人に、どうしようもなく愛しさが募る。

「イッて、いいよ……万里くん」
「さんきゅ」

 鼻先へのキスが、合図となった。万里が奥まで押し込んでくる。紬はきつく目を閉じて、襲い来る快感に備えた。しかし備えていても、対処のしようがない。

「あ、っあ、あ……っ、ん……!」

 万里の熱に、万里の吐息に、万里のにおいに、慣れたつもりでも、少しも予測できない。ずりゅ、と引き抜かれていくそれにぞくぞくと体中で感じ、引き留め、揺すられては高い声を上げ、奥まで入り込まれた時にはぞわぞわと肌をあわ立たせた。

「万里くん、万里……、く……」

 ベッドが軋む音なんてもう気にしていられない。
 息の音と、繋がった部分の濡れた音、肌がぶつかる音と、そして万里の紙が揺れるかすかな音。
 それだけが、紬の耳を支配する。

 ――――あ、違う。あともう、ふたつ。

「つ、むぎ、さ……紬さん……っ」

 何度も恋人の名を呼ぶ万里の音。
 そして、

 ――――汗、が……。

 こめかみから滑り落ち、顎を伝い、万里の汗が紬の上に降ってくる。
 その、音。
 あるかないか分からないほどの、小さな音だ。
 た、と万里の雫が紬の胸に落ちてくる。
 たったそれだけのことに、紬の頬は赤く染まった。

「あ、ちょ、……なに、紬さん。今、きゅうってなったけど……ドコで感じたの。ドコがよかった?」
「えっ、あ、だめ、ちょっと、そういうんじゃ……っ」

 気がつかないうちに万里を締めつけてしまったのか、腰の動きを緩やかなものに変えて訊ねてくる。変速は余計に紬の感覚を煽って、吐息を荒れさせた。

「ここ? それともこうされた方がいい?」
「ちが、違う、や、あの、違わないけど、そうじゃ、なくてっ」

 万里は腰をひねる角度を変えて、紬が感じた場所を探ろうとしてくる。そういう理由で万里を締めつけてしまったのではないのだが、まったく見当違いというわけでもなくて、どう説明すべきか言葉に迷う。いや、説明なんてしたくない、と紬はふいと顔を背けた。

「……なんすか、紬さん。そんなエロい顔して、あんなエロい声出しときながら、今さらなにを恥ずかしがってんの」

 そんな紬の様子に、万里は眉を寄せる。む、と面白くなさそうにつきだした口唇に気がついて、紬は慌てて口を開いた。
 けれど。

「なあ、どこ? 紬さんのイイとこ、あんだろ、まだ」
「ひゃ……っう、あ……!」

 告げる前に、万里が入り込んできて、タイミングを逃してしまった。

「あ、う、う……やっ……ぁん」
「言ってよ。まだ俺の知らないとこあんなら、教えて」

 脚を抱え上げられて、紬は体を震わせる。
 そんなことを言われても、困るのだ。

 ――――ぜんぶって言ったらどうすんの、万里くんはっ……!

 万里との触れ合いに、気持ち良くないところなんてあるはずもない。爪の先から頭のてっぺん、一房立ったアンテナの先まで、全部が気持ちいい。

「ふ、あっ……」

 そうは言っても、万里が求めている答えはそれではなくて、言うべき言葉がそれでないことも分かる。紬は、ゆるりゆるりと腰を動かす万里に、片方の手のひらを向けてみせた。

「ご、ごめん万里くん、あの、待って、そういうあれじゃなくてね」
「……よくなかった?」
「違うよ、そんな寂しそうな顔しないで……」

 その手のひらを、誤解してしょぼんと眉を下げた万里の頬にあてがう。流れてきた汗を受け止めるように撫で、紬は苦笑した。

「あのね、ちょっと……言いづらいっていうか、恥ずかしいんだけどさ……」
「なに……?」
「汗がね」
「……汗?」
「そう、万里くんの汗が、俺の上に落ちたの。それがすごく嬉しくて、気持ち良かった……」
「え、……それだけ? それだけで?」

 うん、と紬は頷く。たったそれだけで感じてしまったなんて言うのは恥ずかしいけれど、万里を誤解させたままでいるのもつらい。

「万里くんはすごいね。体の中からも、外からも、俺を気持ち良くしてくれる。ありがとう、大好きだよ」
「…………すげーのは紬さんの方だと思う、俺いま、その言葉だけでイケそう……」

 万里の体が降ってくる。ぎゅうと強く抱きしめられて、紬はふふっと笑った。
 汗に濡れた髪を梳き、胸の間で汗を混じらせ、汗の浮かぶ額に口づける。

「紬さんの口って、魔法でも使えんのかな。紡ぐ言葉も、触れてくる優しさも、俺を幸せにしてくれる。サンキュ、大好きだぜ」

 紬を真似て告げてくる万里に、顔がほころぶ。紬は両腕を伸ばして、愛しいひとを抱きしめた。


 ぎ、とベッドが啼く。
 それでもやっぱり、そんな音を気にしている余裕なんてどこにもなかった。



2017/07/29
お題「汗」
  
designed