華家



夢で逢えたら


 コントローラーを握るも、指の動きが鈍い。今日はアイテムを回収するだけだからいいが、特別イベントでもあったらランキングが下がってしまう。
 はあ~と大きな息を吐いた。ここ数日の寝不足がたたっているのか。
 そう思って、だけど至は、少し考えて「ないな」と呆れぎみに呟いた。徹夜でゲームすることだって今までに何回もあったのに、睡眠時間が平均三時間なんでザラなのに、寝不足でこんなに指が鈍るものか。
 もちろん蓄積された疲労というものはあるだろう。運動もしていないしリアル体力はない方だ。回復はゲームのようにうまくいかない。
 敵のキャラを倒せばピロンと聞き慣れた電子音が聞こえて、アイテムがドロップされる。そこそこレアなアイテムだが、喜ぶ気力もなかった。
 至は集まったアイテム数だけ確認して、ゲーム画面からログアウトした。
 はあ~ともうひとつため息をついて、チェアの背もたれに体を預ける。
 調子が悪い原因は分かっているのだ。
 分かってはいるが、素直に認めたくない。

 恋人が一週間も出張だというだけで、こんなふうになってしまうなんて。

 職場の先輩で劇団の仲間で、ルームメイトである卯木千景とは、恋人関係である。どちらから想いを告げたというわけではなく、何となく成り行きでそうなったような気がするのだが、いい加減な気持ちで交際をしているわけではない。
 千景をちゃんと好きなのだと自覚して実感したのは、初めての夜のこと。一通りのコトを終えたあとだったような気がする。混ざった荒い吐息が嬉しくて、ああこの人が好きなんだとようやく腑に落ちた感覚だった。
 そういえば、そのせいかちゃんと気持ちを告げたことがない。千景からも、告げられたことはない。かといって好かれていないとは思っていなくて、たぶんお互いが相手と自分の気持ちを自覚しているからだろう。
 先輩、と呼べば、うん、と返ってくるし、茅ヶ崎、と呼ばれれば、至もはいと返す。多くを語らずに続いてきた関係だが、至には心地がいい。
 だからこそこんなに長く離れるのが、寂しいのだ。
 海外の取引先を多く担当している千景は、海外への出張が多い。それでも以前よりは格段に減ったのだが、その理由を探ろうとは思っていない。
 重要なのは、千景が、今、この部屋に、いない、ということだけだ。

「あと……ふつか……」

 ここ数日の寝不足というか、調子が悪い理由は、千景がいないからだ。千景がいれば安心するようになったこともあるし、千景に散々啼かされて、疲れて眠ってしまうということもあるし、夜もおやすみを言ってくれるひとがいるというのは、思っているよりストレスを吹き飛ばしてくれるのだ。
 それが、ない。
 疲労がたまっていく。不安がつもっていく。
 せめて声だけでも聞ければ――そんなふうに思ってチェアの上で膝を抱えた至の耳に、独特の呼び出し音。
 至は慌てて背もたれから体を起こし、デスクの上に置いていた携帯端末に手を伸ばした。
 呼び出し音は、LIMEの無料通話。相手は――千景。
 思うよりも早く指先が通話を開始させた。

『モーニン、茅ヶ崎』

 向こう側から、機嫌のよさそうな声が聞こえてくる。それだけで、口許が緩んだ。

「なにがモーニンですか。こっちは夜ですよ。深夜二時」
『はは、ごめんごめん、起こした?』
「いえ、起きてました。ゲームしてた」
『そうだと思ったよ』

 ふふ、と笑う音が聞こえる。手が塞がるのは好きではないが、ゲームは終わらせたし、何より耳元で千景の声が聞きたいと、至はスピーカーにせず端末を耳に当てた。

「そっち、朝ですか? ご飯ちゃんと食べてます?」
『ゲームしてるとご飯食べ忘れる茅ヶ崎に、心配されたくないなあ』
「食べ忘れるんじゃないですよ、ズレるだけで」
『はいはい。そういうことにしておこうか』

 特に、用があってかけてきたというわけではないらしく、千景の口調はゆったりとしている。心地よくて、至は再度チェアの背もたれに体を預けた。
 会社のこと、劇団のこと、春組のこと、近況を報告しあえば、千景がふと訊ねてくる。

『声に少し覇気がない気がするけど、大丈夫か? ちゃんと寝ろよ』
「この時間に電話してくる人に言われたくないです」
『仕方ないだろ、声が聞きたかった』
「突然のデレ。……うん、でも、そうですね、俺も、聞きたかったですよ。なにせ先輩、夢にも出てきてくれないから」
『見たいの? 俺の夢』
「リアルで逢えないから、夢で逢えたらなあって。……はは、先輩が珍しくデレるから、俺もらしくないこと言ってますね」

 照れくささと、ほんの少しの後ろめたさ。
 千景を好きなことは、しっかりと伝わっていると思う。だけど、伝えていない。顔を見るとどうしても恥ずかしくて、唇の手前で止まってしまうのだ。
 電話越しなら、夢の中でなら、言えるだろうか。

「先輩、俺の夢、出てきてくださいよ。そしたら、ちょっと、……言いたいことが、あるので」

 出てきてと本人に言っても、ああじゃあ後でなどと言えるものではない。それは分かっているけれど、寂しい。
 夢の中で練習をして、彼が帰国したら、ちゃんと面と向かって言ってみよう。そうすれば、千景からも返してもらえるかもしれない。分かりきった、互いの想いを。

『ふぅん……ねえ、茅ヶ崎』
「はい?」

「夢の中でしか、言ってくれないの?」

 千景の声が、二箇所から聞こえた気がする。至は目を瞠った。今確かに、端末からと、背後で聞こえた。
 思わず振り向けば、スーツケースを片手にドアを開けた卯木千景の姿。

「え、ちょっ、……な、なんで!?」

 どうして今ここに、千景がいるのか。出張はまだ終わっていないはずだ。あまりの寂しさに、幻覚でも作り出してしまったのか、それとも劇団七不思議のひとつか何かなのか。

「ただいま」

 千景はたった今まで通話をしていた端末を、これ見よがしにひらひらと振ってみせてくれ、幻覚ではないのだと知らされた。
 至は茫然と千景を眺め、楽しそうに歩み寄ってくる彼に額へのキスをもらうまで、硬直してしまっていた。

「わりと早く終わったんだ。契約取り付けてきたから、これからの方が忙しくなるんだけどな」
「……なにが〝モーニン〟ですか。このペテン師」
「人聞きが悪いな。日本て、朝でも昼でも〝おはよー〟って言うだろ。なんなら夜でもおはよーだ」
「心臓に悪い……」

 とっくに帰国していたのに、まだ出張先にいるかのような会話をされたのかと思うと腹立たしいが、そういえば千景は一度も、今どこにいるかだとか今何時だとかは言っていない。また騙された、と思う憎らしさと、思いがけない早い帰りに浮かれる気分があって、当然ながら浮かれ気分が圧勝だった。

「おかえりなさい、お疲れ様、先輩」
「ああ。それで、茅ヶ崎?」
「はい?」
「夢の中で、俺に何を言ってくれるつもりだったの?」

 たぶん千景は、何かを分かっていて訊ねているのだろう。手を引かれ、ソファの方に二人で腰を下ろした。
 やっぱりいざとなると恥ずかしいし、顔を見ると目がくらんでしまってどうしようもない。察されているならそれでいい気がしたけれど、

「俺が、茅ヶ崎に言おうとしている言葉と一緒だといいんだけど」

 苦笑した千景の顔が、珍しく幼く見えて、胸が高鳴った。
 至は覚悟を決めるより前に、千景にそっと唇を寄せる。触れる手前、目蓋を落とさないままで視線を重ねれば、お互いが同時に呟く。それを空気に溶かして交わらせ、吸い込んで唇を合わせた。

 だいすき。

 電話越しでも夢の中でもない、恋人たちの初めての、たった四文字。



2018/06/19
お題で「夢で逢えたら」といただいたもの
  
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