DOA(Dead Or Alive)

2010/05/31



 折原臨也は人間だ。いたって普通の、ただの人間である。首を愛するわけでも、首なし女を愛するわけでも、手から刀がでてくるわけでも、取り分けて怪力というわけでもない、ただの人間である。
 折原臨也は、だからこそ人間を愛するのだろうか。
 人間といっても特定の誰かではない。赤子から老人まで、顔見知りから名も知らぬ者まで、すべての人間を……人類を愛していた。
 いや、ただひとりの例外を除いて、すべて、だ。
 ただ一人の例外、平和島静雄は。池袋で有名な怪物のひとり。普段は物静かで、トレードマークのバーテン服さえ着なければ、どこにでもいそうな若者である。
 平和島静雄と折原臨也は、自他とも認める犬猿の仲だ。
 だが臨也は、静雄を殺したいほど憎んでいるわけではなかった。


 ただ、死んでくれたらいいなあと思っているだけで。


 それでも、自分の手を汚そうとは思っていなかった。
 そもそもあの怪物のような男がどうしたら死ぬのかはいまだに分かっていないし、あの男も案外にデッドラインというものを分かっているらしく、無意識にだろうか自分が死ぬような物事には突っ込んでこない。
 いや……普通の人間であれば確実に命を落としているだろうトラブルには見舞われているのだから、デッドライン云々ではなく、やはりあの男が化け物なのだ。
 何度か、遠回りに静雄が命を落とすように駒を動かしてはみたが、やっぱり死んではくれなかった。
 そのたびに臨也はため息をつき、そして口の端を上げる。
 また楽しみが増えた。
 どうやってあの男が追い詰められていく様を作り上げようか。池袋というチェス盤の上で、何をどう動かせば、あの男は死んでくれるだろうか。
 自分の手を汚すことは考えていない。
 獲物――ナイフは持っているけれど、それであの男の首をかき切ったところで……いや、それはさすがに死ぬだろうか。
 だが、平和島静雄の温かな血が自分にかかるということを想像すると、それは御免被りたい。血を見るのは嫌いではないが、それが平和島静雄のモノともなれば話しは別だ。
 反吐が出る。
 だから早く誰かがあの男を殺してくれたらいいと心から思う。そうすれば臨也は、晴れてすべての人類を愛していると大声で叫ぶことだってできるのだ。
「シズちゃんはねえ……本当に邪魔なんだよねえ…」
 臨也は空想にふけっていた意識をこちらに戻し、目蓋を持ち上げる。
 皮のリクライニングチェアにゆったりともたれ、腹の上で組んでいた手を外して、ポケットに入れていたナイフを取り出す。
 これで何度か対峙したこともあったかなあと思い出し、目を細める。
 静雄を殺すのに、自分の手を汚したくはない。それは本当に心から思うことだ。
「ああ……でも」
 くく、と喉を鳴らす。
「シズちゃんが最期に見るのは、俺のこの笑顔ってのもまた、面白そうだなあ…」
 どんな顔をしてくれるのだろう?と想像しようとして、何も浮かんでこないことに気づく。果たしてそれは存在しない未来だからなのか、静雄の行動だけは読めない臨也の不覚なのか、それとももっと別の理由なのか。
「今度逢ったら、訊いてみよう」
 臨也は腹筋を使い身体を起こし、コートを羽織る。そうして愛する人間たちを観察するために、街へと繰り出していった。


 折原臨也は平和島静雄が大嫌いだ。
 だけど殺したいほど憎んでいるわけではない。


 そう、ただ、死んでくれたらいいなあと――思うだけで。