DOA:2(大嫌い Or 愛してる)

2010/09/11



 平和島静雄の好き嫌いは、激しい。そして、実に分かりやすい。
 ムカつくものと、そうでないもの。
 普段はなんてことのない、テレクラやアダルトサイトの未納金取り立て屋として働いている、どこにでもいそうな男だ。
 名前の通りに、平和に静かに暮らしたいという願いだって持っている。
 が、ひとたびキレ出すと、見境なく暴れ出すのが玉に瑕だ。その暴れ方が人のそれではないということは、池袋ではかなり有名な話しとなっている。
 実際の静雄の暴れっぷりを知らない者に話すと、たいていは笑われる。そんな人間がいるものかと。
 むしろ正しい反応だった。
 どこの世界に、自販機やバイクを投げる者がいるだろうか。まさに、人間ではない、のだ。
 ムカつく者の一部として、喧嘩を売ってくる者がいる。それも、うだうだネチネチとすくい上げるように挑発してくるヤツは大嫌いだ。もっとストレートに喧嘩を売ってきてくれれば、好感も持てるだろうに。
 ブッ飛ばすことに、なんら変わりはないのだが。
 だがそれでも、殺したいと思って暴れるわけではない。感情のセーブが利かなくなって気がついたときには暴れ出してしまっているのだ。
 中でも酷いのは、折原臨也と対峙した時。
 現在は新宿を拠点にしているようだが、そんなことはどうでもいい。自分の目の前に現れさえしなければいいのだ。
 以前この男にハメられたということもあるだろうが、この感情はもっと前からだった。
 腹の底から、この男が大嫌い、という。
 明確な理由を挙げよと言われたらそれは、この男が折原臨也だからだと言うしかないほど、理屈抜きでこの男が大嫌いだった。
 顔を見るだけで、声を聞くだけで、いや、時には名前を聞くだけでさえ腹の底からフツフツと怒りがこみ上げてくる。ムカつくという次元を超えてしまっているような気さえした。
 全身が、この男を嫌悪しているのが分かるのだ。
 繰り出す足も拳も、すべてその男を潰すために生まれてくる。さらにムカつくことに、長年の経験からか、臨也はのらりくらりと攻撃をかわす。最近ではもう、高校時代のように派手な殴り合いにはならなかった。
 死んでしまえばいい。
 静雄は、臨也の見下したような笑みを思い出して舌を打つ。
 この男に「シズちゃん」と呼ばれるのが嫌いだった。虫酸が走るというのはこういう状態を言うのだろうか。
 だけど、その男をこの手で殺そうとは思っていない。
 ただ目の前から消えてくれればいいだけだ。
 なぜなら平和島静雄は日々を平和に静かに過ごしたいのだから。

「……ノミ蟲が」

 本当に本当にこの男が大嫌いなのに、本当の自分を受け止め切れるのもこの男だけだなんて!
 自分の意思でなく破壊的な衝動を、この男はものともしない。いや、むしろモノとしてしかみていないのか。だからこそこちらも、全力でぶつかることができるのだ。
 なのに。

「おい、起きてんだろ」

 どうして、目の前に倒れ込んでいるんだろう。
 臨也の身体をつま先で蹴ってみるけど、うめき声すら上げない。折原臨也が自分との乱闘ごときで死ぬはずがないと、自信を持って言える。そんなヤワな男と、今までを過ごしてきたわけじゃないんだ。

「おい、臨也」

 呼んでも、返事もしない。
 たばこの灰が、地面に落ちる。
 静雄は腰を折って腕を伸ばし、臨也の胸ぐらを引き上げる。カクンと後ろに倒れる頭がうっとうしくて、引き上げたそのまま、ビルの壁に押さえつけることで支えた。
 目を細めて、頭のてっぺんからつま先までを眺めてみる。自分がつけてやった傷ばかりが浮き出て見えて、少し口の端を上げた。
 きっとこの男を傷つけられるのは、本当の意味では自分しかいないのだろう。

「臨也、さっさと目ぇ開けな」

 低く、囁いてやる。
 男はにいっと口の端を上げて、目蓋を持ち上げた。

「起こしてくれなくても良かったのに」

 折原臨也は、静雄と同じように目を細めて、笑う。

「あのまま死んでたら、シズちゃんは殺人犯てことになるのかなあ? まあそれはそれでいいけど、俺が死んだ後に捕まるのやめてよね」

 無茶なことを言うな、と舌を打つ。こんな男のために殺人を犯してやる義理などないし、それこそ弟や周りに迷惑がかかる。
 自分がどれだけ暴れても死にはしないこの男を、のがすわけにはいかないけれど。

「で、なんのマネだ臨也」
「別に深い意味はないよ。この間さ、考えたんだ。別にシズちゃんを殺したいとは思わないんだけどね、きみが見る最後の光景は、俺であればいいって。ねえ屈辱的じゃないかい?」

 想像もしたくない、と静雄は壁に拳をたたきつける。

「だから、逆はどうかなって思ったんだよね」

 想像ができなかったから、試してみようと思って、と臨也は続ける。
 臨也が見る最後の光景に、静雄しかいいなかったら。

「で、どうだ感想は」
「想像以上に最悪だったよ」

 臨也は肩を竦め呆れてみせる。やっぱり死ぬときは他の方法にしなければ。臨也はそう言って頷き、だけど本当の意味で自分を殺してしまえるのは、平和島静雄だけだろうなとも呟く。

「不毛だよね、俺たち」
「分かってる」
「お互いが大嫌いなのに、本気でやり合えるのもお互いしかいないなんてさ」
「それ以上言うな」
「愛し合えたら幸せだったかもね」
「今すぐ死ね」

 パキュ、とコンクリートが変な音を立てる。これ以上は静雄の怒りが再燃するかな、と臨也は胸元を締め上げる静雄の手を振り払い、逃れて笑った。

「じゃあねシズちゃん、しばらく来ないでいてあげるから、せいぜい平和な日々とやらを満喫しなよ」
「臨也、おいてめえっ!」

 獲物を逃してなるものかと、静雄は振り向くが、ひらりとビル壁を飛んでいく男にあと少し、届かなかった。

「次に逢った時には俺の前でイッてよね」

 そんな言葉を残し、新宿の悪魔は視界から消えていく。静雄は消えたその位置を眺めながら舌を打って、そしてにぃっと笑った。

「そんなに最悪なら、俺の前でイかせてやっか」


 最期に見るのが自分でありますように。