密会

2011/01/27



「あなたは、タクトに関係のある人なのか?」
 スガタは、相変わらずベンチに座って絵を描いている男に声をかけた。男は筆を止めもせず、視線だけでスガタを振り向いてくる。
「どうして、そう思うのかな?」
「……その右下のサイン、それと同じサインが入った絵を、タクトはいつも眺めている。父親が描いた絵だと言ってね」
 スガタの位置からも見える、アルファベット一文字のみのサイン。
 Rと書かれたそれは特に特徴的なクセもないが、形は同じに思えた。この島の中で、同じサインを持つ画家が複数いるのは、あり得ないことではないが腑には落ちない。

「たとえば俺がツナシ・タクトに関係する人物だったとして、それで君はどうするのかな?」
 男――ヘッドはようやく筆を置き、スガタを振り向く。肯定とも否定とも取れるその答えに、スガタは眉を寄せた。
「あなたがタクトの血縁だとしたら、買いかぶっていたかもしれない。なぜサイバディを駆ってまで、タクトを倒そうとしているのか……僕には理解できないな」

 つい先日だ。まだ鮮明に思い出せる、あのゼロ時間での格闘。
 日死の巫女の封印が解かれ、第3フェーズへと進んでしまった綺羅星十字団のサイバディ。あのレシュバルに乗っていたのはこの男だと姿は確信できる。
 タクトよりも確実にサイバディを乗りこなし、溢れるリビドーで一時はタクトの戦意を奪い貫こうとした男、だ。

「じゃあ俺からも一つ訊こうかな、シンドウ・スガタくん」
 ヘッドはスガタの質問には答えもせずに、逆に訊ねた。ベンチから立ち上がればスガタより少し高い視線。
 そこから見下ろされて、だがスガタもおののくことなく睨み返した。
「なぜあの時きみは、王の柱を使わなかった? 俺が記憶している限りでは、きみはいつも彼の戦いに横やりを入れていたように思うんだけどね」
 厭味を多く含んだ物言いに、スガタの目が細められる。横やりを責めているのか、貶しているのか。
 確かにあの時は、一切手出しをしなかった。しようと思えばできたし、これまで何度もそうしてきた。王の柱を使うことを、ワコが良く思っていないことを知っていながらも。

 彼は――タクトはどう思っているだろうか。

「どうしてかな……ただ、あなたがもしタクトの血縁なら、僕が邪魔をするわけにはいかないと思ったんだが」
「それだけかい? きみは彼を……いや、俺をも試したんだろう。第3フェーズ同士の戦いで、どちらが敗れるのか、君はそうやってただ見下ろしてたんだね。彼を助けることもせずに」
「タウバーンの復活があと少し遅ければ、僕は王の柱を発動していたさ」
 スガタは口唇を噛んで、空に手をかざす。
 通常時間で王の柱を使えば、島に影響を与えるかもしれない。綺羅星十字団が身を置いている地下遺跡にも、何かの支障を来すかもしれない。
 それでもヘッドは、涼しい顔でスガタを眺めていた。
「命まで取ることはないと……言っていたな。僕にはあの時、とてもそうは思えなかった」
 スターソードを失って、タウバーンの機動がおかしくなった瞬間、ヘッドが貫こうとしたのは果たしてタウバーンだけだったのか、それとも。
「ああ、すまないね。戦闘で溢れそうになったリビドーを抑えきれなかったようで」


 少しも悪く思っていないような口調に、スガタは眉を寄せて、腕を――振り下ろして払った。


 ガランガランとカンバスがイーゼルから音を立てて落ちる。
「タクトは死なせない。次は――ないと思え」
 静かな声が、スガタの喉から絞り出される。自分でさえ気がつかなかった本質を見透かされたのはこれで2度目。そんなことを考えると、本当にタクトの血縁なのだと思えてしまう。
 くすくすと笑いながら、ヘッドは呟いた。
「きみは思った通りの少年だよ。普段は涼しい顔をしていても、なかなかの激情家だ。俺を睨みつけてくるその表情も、美しいね」
 だからこそその内面を押し開いて、カンバスに埋め込みたいと思うのだ、とヘッドはスガタの手首をひねり上げた。 「だから俺は、君が欲しいだよ」
 寸分の隙もなく睨みつけるスガタの視線を、ふっと笑うことで遮って押し込める。
 ぎゅうと強く握りしめられた手首の痛みに、スガタはわずかに顔をしかめた。
「そう、きみの表情がそうやって歪むのを眺めていたい。苦痛に、屈辱に……快楽に」
 さら、と髪が指で遊ばれる。頬を撫でられても、それが首筋に移っても、スガタの鋭い視線はヘッドを捉えて離さなかった。
「僕が欲しいというのは、絵のモデルや綺羅星十字団のなんだかいう隊の代表ってことじゃなかったのか」
「もちろんそれが第一。だけど俺だって普通の人間だからね。人並みの感情は持ち合わせているんだよ」
「……ずいぶん歪んだ感情だな、笑わせるな」
 言いつつも、スガタの視線は下がっていく。
 ずっと離さなかった視線を、ここにきて初めて逸らす理由が、ヘッドには思い当たらなかった。心地よいくらいの鋭かった瞳は、どこかに行ってしまっている。

「だけどあなたのその感情は、僕にもよく分かる」

「え?」  スガタは腕を振り払って、視線を90度横に移した。そこは、高台から眺める美しい海だ。
 海を眺めるのは、今はあまり好きじゃない。

 思い出してしまうからだ――――タクトを。

「本当に僕とあなたは似ているな。少しも嬉しくないけれど」
 あの海がなければ、ツナシ・タクトという人間と出会うこともなかっただろうか。
 こんな感情に気づいて逃げ出したくなることもなかっただろうか。
「あの顔が歪むところが見たい。何も知らない人間を僕の思い通りにして、屈辱に歪んでく顔と、こらえきれない快楽に溺れる姿態。僕の手で、あの表情を歪めてみたい」
 スガタは自嘲気味に笑う。

 それをするのはきっとあと何本かの理性のネジが外れてしまえば簡単なことだ。
 そうした後に向けられる軽蔑の瞳さえ、容易に想像できる。
 どこかで、それをも見たいと願っている。

「だから残念だけど、僕はあなたに犯されたって屈辱を感じることはないだろう」
 哀れむことはあるかもしれないけれど、とヘッドに視線を戻す。
 少なからず驚いたようで、珍しくヘッドの瞳は見開かれていた。
「ああ、……ああそうか、きみがねえ。ふふっ、素敵だよ、スガタくん」  苦笑を隠しもせずに、ヘッドはスガタを眺め直す。
 これはいい題材を見つけたとでも言わんばかりに口の端を上げるヘッドに、スガタは不機嫌そうに眉をひそめた。
「まさか、王様が叶わぬ恋とはね。でも、考えなかったのかい? それを俺に打ち明けることで、彼が狙われるかもしれないってこと」
 スガタを手に入れるには、本人を直接どうこうするよりも周りを揺さぶった方が面白そうだと目を細めるヘッドに、スガタは笑う。
「さっきの話を聞いていなかったのか? 二度目はないと――言っただろう」
 きっぱりと言い放つそれは、まさに皇帝の名にふさわしい強さを持っていた。
「さすが、王のシルシを持つ者、だねえ。だけど覚えておくといいよ、俺はきみが思っているより酷い人間だってことをね」
「……っ」
 グイと腕を引かれた先で、重なる口唇。
 不意打ちには対処することもできずに、スガタは腕を振り払った。攻撃を含めたつもりのそれは難なくかわされて、それがまた面白くなかった。
「今の顔、いいね。冗談抜きで、きみを抱いてみたくなったよ」
「お断りだ」
「ふうん、つまらないな」
 それでもそれ以上を強いる気はないらしく、ヘッドは肩を竦めて背を向ける。
 地面に転がったカンバスとイーゼル、絵の具を拾い上げて、スガタとすれ違う。

 瞬間、
「ひとつ言い忘れた。俺は案外気が短いんだ。手段を選ぶつもりはないからね」
 そう言い残して、一度も振り返らずに去っていった。



 スガタはヘッドに強く掴まれた手首を見下ろして、手の甲で口唇を拭う。
「本当に似ているな……気味が悪い」
 相手と自分を哀れんで、スガタはもう一度海を眺めた。