見え透いた甘い罠

2013/11/11



「イクス、ポッキーゲームって知ってる?」

着替えを終えて待機室に入るなり、ハーノインは突拍子もないことを口にする。先に着いてドリンクを飲んでいたイクスアインは、またおかしなことを言い出した、とばかりに片眉を上げ、ハーノインを見やった。

「ポッキーゲーム?」
「そうそう、この間アドレス交換したコがさー、なんか友達とのパーティで盛り上がったんだってさ」

隣の椅子に腰をかけるハーノインの言葉を一言一句漏らさず耳に入れ、イクスアインは眉を寄せた。ハーノ、と咎めるために名を呼んだら、イクスアインの思惑とは異なる解釈をして彼は笑う。

「あっれ、イクス、やきもち?」
「そんなわけあるか」

わざわざ身を寄せてのぞき込んでくるハーノインをギロリと睨み返し、一蹴してみせた。

「軍人が、気安く個人情報を他人に教えるものではない。どうせお前のことだ、一度しか逢わない予定の女性なんだろう」

ハーノインの交友関係が広いのは知っている。どれだけ深いのかまでは知りたくもないが、言及してやれる間柄にはいる。自分がいるのになんて言うつもりはないが、軽々しくつきあいを広めるのも問題があるとイクスアインは思うのだ。

「まーたお前は、そうやって俺のことロクデナシみたいに言う。心配しなくても、アドレスはちゃんと使い分けてるって。どうでもいい方でね」
「充分ロクデナシだ、貴様は」

こんな男に引っかかる女性も女性で問題がある、と口には出さずに眼鏡を押し上げる。口に出せないのは、単に批判だからというわけでなく、自身を棚に上げてしまうことになるからである。

「それで……ポッキーゲームがどうしたっていうんだ、ハーノ」
「あーそうそう、やってみない?」
「え?」
「ちょうどクーフィアが食ってたからさぁ〜、分捕ってきたんだよね」

そう言ってハーノインは指先で摘んだポッキーとやらをふりふりと振ってみせる。人のものを奪うのもどうかと思うが、とイクスアインは不審そうな目を向けた。

「そんなもの、どうするんだ? 食べるのか?」

菓子の好きなクーフィアが美味しそうに食べているところは幾度か見かけたことがあるが、イクスアインはそれを食べたことがない。まずくはないだろうが、そもそも食べ物を使ってゲームなど不謹慎な気もする。

「そう、イクスと俺が、こう……端っこから食べてくの」
「なに? 二人で一本? おかしくないか」
「おかしくないんだって。怖じ気付いて食べなかったり、途中で折ったら負けらしいよ。なあ、しない?」

両端から二人で食べるゲームで、止まったり折ったりしてはいけないということは、つまり。

「……ハーノ……」

イクスアインは呆れ果てて、盛大にため息を吐く。額に手を当て、多少大袈裟に首を横に振った。

「魂胆が見え透いているぞ? 仮にも軍人が」
「おいおい仮にもってなに」

伏せていた目蓋を持ち上げ、イクスアインはゆっくりとハーノインを見やる。ハーノインもそれに気が付き、視線を絡め合わせた。

「私とキスをしたいなら素直にそう言えばいい」
「――はは、バレてた?」

ひとつのものを両端から食べ合うということは、やがては口唇同士が触れ合うわけで、恐らくそれが最終目的のゲームなのだろう。

「さすがにイクスは察しがいいな。泣けてくるよ」
「お前が隠さないだけだろう?」

仕方のない奴だと、肩を落とす。いったいいつから、そんな彼をも愛しいと思うようになってしまったのだろう。長く一緒に居すぎた延長の感情だとしても、触れる熱は本物だ。

「せっかくだし、やる?」
「つきあってやってもいいが、明日は買い物の荷物持ちをしてもらうぞ」

適当な理由をつけて、肩を抱いてくるハーノインに身を預ける。せっかくクーフィアから分捕ーーもらってきたのだ、粗末にするにはもったいない。

「ほい」
「ん」

ハーノインの摘んだポッキーが、イクスアインの口へと運ばれ、イクスアインはそれを素直に受け取った。そのもう一方の端を、ハーノインがくわえる。視線を交わしたその瞬間が合図で、口唇で挟みながらゆっくりとかみ砕いていく。
相手がどこまできているか確認するために、目は開けておかなければならない。なるほど普通にするキスとはまた違った趣だ。
カシュカシュと硬い音が耳に響き、歯が振動を伝える。チョコレートの甘い匂いが口の中いっぱいに充満し、気分まで甘ったるくなった。
もうすぐ口唇同士が出逢う。何度も触れてきた口唇だが、やり方ひとつで心臓の跳ね方が変わるのだと、改めて知った。
互いの間にあったポッキーがなくなり、ついに触れ合う口唇。ハーノインの舌がイクスアインの口唇を舐め、思わず肩が揺れた。

「イクスの口、甘い」
「当然だろ、こんな甘いの食べたら……」

しかしゲームにはならないなと呟くと、ハーノインは笑いながら同意を返す。ほんの少し普段と違ったキスができた、それはそれでよしとしよう。

「これでさ、イクスとつきあってなかったらドキドキだったんだろうけど」

確かに、ゲームの相手に片想いでもしていたら絶好のチャンスだろう。だから思うのだ。ハーノインにポッキーゲームのことを話した女性は、彼に気があるのではないかと。暗に、ハーノインとしたいと言っているのではないのかと。


――――別に嫉妬しているわけではない……ただ少し面白くないだけだ。


「ハーノ」
「ん?」

イクスアインはハーノインの手を取り、指を絡める。ここにつなぎ止めていられるように。

「キスだけでいいのか?」

愉快そうに口の端を上げ、彼をのぞき込む。一瞬で、ハーノインの目つきが変わったような気がした。

「おいイクス、煽ってんじゃねーよ……っ」

ハーノインはイクスアインに絡められた手を自身の方に引き、イクスアインの背を抱く。ぶつかった口唇を吸って、中へと入り込んだ。

「あっ……」

口唇の隙間から、イクスアインの小さな喘ぎが漏れていく。逃げるようにも、挑発するようにもうねる舌先を捕らえ、ハーノインはここぞとばかりに絡みつけた。

「ん、ん……っ」

吸い上げるたびに、イクスアインが反応を返す。ちゅ、ちゅ、と立つ濡れた音が、互いの欲望を煽っていった。体を押しつけた勢いで、ガタリと椅子が鳴る。

「あっ……ハーノ、っ」

イクスアインの体がデスクに乗り上げる。ハーノインの体で押さえつけられて、逃げ場はなくなった。もとより逃げるつもりなどないが、忘れそうになった。ここは自室ではなくトレーニングの待機室なのだと。

「ハーノ、待てっ……」

ハーノインの口唇が首筋に移動し、素早くシャツの裾から入り込んだ手のひらが素肌を撫でる。胸の突起に指先が到達するかと思ったその瞬間、セットしていたアラームが室内に鳴り響いた。

「あ……」

二人でハッと体を起こし、音の原因であるアラームを止める。トレーニングの交代時間、タイムリミット。
イクスアインは乱れる呼吸でトレーニングウェアを直し、眼鏡の位置を直す。ハーノインは、気を削がれて面白くなさそうにガシガシと頭を掻いた。

「イクス」
「ト、トレーニングにいかなければ。ハーノ、お前もだろう」
「おいイクス、どうすんだよこれッ」
「どうにもできるか!」

下半身を指さして引き留めるハーノインの手を払って、イクスアインは赤い顔を背ける。たかが一個人の小さな感情で、こんなところで情事にふけるところだったなんて、イクスアインにとっては失態以外のなにものでもない。
トレーニングを終えた隊員たちが外の通路を歩いている音がする。いつまでも行かなかったら、不審がられるかもしれない。

「お前なあ、あんだけ煽っといてそれはないんじゃない?」

ハーノインの言い分も分かる。分かるが、どうしろと言うのだ。イクスアインは気まずそうにそれでもハーノインを振り向き、

「う、埋め合わせはする。ハーノ……今夜私の部屋へ」

誘うための文句を吐いた。しかしハーノインの方はそれでも納得しないようで、不満そうな表情を浮かべている。

「埋め合わせってんなら、お前が俺んとこくるのがスジってもんじゃね?」
「バッ、バカ、わざわざ抱かれになど行けるか!」

待機室のドアに触れ、これ以上の問答はしないと振り切る。

「いやいや、すること一緒じゃん? 意味わかんね」
「一緒ならかまわないだろう、だから、お前が私を抱きに来いと言ってるんだ!」

思わず叫んだイクスアインに、ハーノインはぽかんと口を開ける。ここまで心も体も許しているのに、なぜ最後の最後に素直でいられないのかと、笑った。

「イクスー、そういうの、屁理屈って言うんだぜ」
「そうか、埋め合わせはいらんと見た」
「えっ、あ、うそうそ、行くって。待ってろよ、イクス」

待機室を出かけるイクスアインに、ハーノインはキザにウインクなんかしてみせる。それを受け、イクスアインは照れくさそうに口元を緩めた。

「ああ、待っている」

それだけ言ってイクスアインは待機室の向こう側へ消え、シュンとドアが閉まる。

「しっかし……どーすんだよこれ……」

自分も行かなければならないのだが、いまだにおさまりのついていない下半身を見下ろし、ハーノインは小さく、それでも嬉しそうに呟いた。